【ひなびた温泉】〝漁港欲〞をどっぷり満たしにいきませんか? 砥上屋旅館 <茨城・平潟港温泉>

こぢんまりとした木の湯船。このサイズだからこそ湯の鮮度が保たれていいのである。ブラインドの隙間からはうっすらと漁港の海が。オーシャンビュー? いえいえ、ひなびた漁港ビューですわ
プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。
小さなひなびた漁港も好きなんですよ
明るいうちに飲む酒はうまい。そこがひなびた漁港の小さな大衆食堂だったりしたら、もっとうまい……。
あ、スミマセン、独り言です。
いや、ひなびた温泉も好きなんだけど、小さなひなびた漁港も好きなんですよ。そーいうところの食堂なんかで人知れずうまいモノを食ったり酒を飲んだりするのがいいんだなぁ。
ポイントは人知れずっていうところ。誰も知らないようなマイナーな漁港。でも、そーいうところにも、うまい食堂とかがポツンとあったりするんだなぁ。だって漁港ですもん。
で、そんな食堂で明るいうちから、めっちゃうまい刺し身や焼き魚なんかを箸で突きながら、酒を飲んでいる。そのコトを誰も知らない。ジブンだけが知っている……
それがどーしたって思うかもしれないけど、たぶん、ちょっとした背徳感と優越感みたいなモノを味わいながら悦に浸っているっていうコトなんでしょうねぇ。わかります?この「孤独のグルメ」的な気持ちが。
ところがどっこい。最近、そんな〝ひなびた漁港欲〞をマックスに満たしてくれる温泉宿に出会ったのだ。実はワタクシ、2年前から茨城県に住んでいて、せっかくこっちに越してきたんだから、実行したいことが一つあった。それは県内の漁港の温泉宿であんこう鍋を食べるということ。というのも、茨城の沿岸部で食べられているあんこう鍋はちょっとスゴいのだ。あんこう鍋といえばしょうゆベースの鍋なのだけど、ここら辺のあんこう鍋はなんと、〝海のフォアグラ〞ともいわれるあん肝を贅沢(ぜいたく)にみそベースのつゆに合わせているのである。だから味も濃厚。もともとはここら辺の漁師さんたちの漁師メシだったそうで、漁師の皆さん、いいもん食ってたんだねぇ。
平潟漁港の特等席のレトロ温泉旅館
さて、ということで、今年こそウワサのあんこう鍋を食そうではないかと、大津港や平潟(ひらかた)港の近辺の温泉宿を探して、Googleマップでこの辺りの「温泉」を検索してみたら、目の前が漁港の海っていう、まるで特等席みたいな立地の砥上(とがみ)屋旅館があった。さっそくストリートビューでその宿を見た瞬間、ワタクシ、ヤラレちゃったんです、ビジュアルに。だってねぇ、まるで時代に取り残されたような古い木造の旅館が、異彩を放ちながら立っていたのですから。
この旅館であんこう鍋を食べよう。他にも色々温泉宿はあるようだけど、ここに決めた!いわば〝宿のジャケ買い〞である。というわけで胸を躍らせながら宿のホームページを見ると、1日3組限定の宿だった。え?っていうことは1人じゃダメなの?
でも、もーここじゃなきゃいやだ。一目惚(ぼ)れしたのだ。ならば「孤独のグルメ」は諦めて、たまにはガラにもなく奥さん孝行でいきますかねぇ。
さて、いよいよ決行日、常磐線の大津港駅で降りて平潟漁港を目指して歩いていくと、漁港に対峙(たいじ)するように、感動的に古めかしい旅館が、激渋なオーラを放ちながらそこにあった。うおー!本当にあったんだ(いや、なきゃ困るでしょーが!)。
案内された部屋は最上階の3階の部屋。窓の外には漁港の海が広がっている。サイコーのロケーションだ。そして館内はレトロ。最近多い、作り物のレトロではなくホンモノのレトロだ。階段なんか急な角度で、廊下もミシミシと素敵な音を奏でている。いーねぇ。なんかホッとするなぁ。
まずは温泉と、さっそく入浴。2人入ればいっぱいになる大きさの木の湯船に塩気のあるいい湯をかけ流しにしている。窓の目隠しのブラインドの隙間から、うっすらと海が見える。温泉は大浴場なんかよりもこーいうこぢんまりとした湯船のほうが、狭いぶん、湯の鮮度が高くていいんだなぁ。
妻と2人で新鮮な刺し身や濃厚なあんこう鍋をハフハフと堪能(もちろん期待を超えてウマかった!)して、好きなだけ温泉に入りまくっているうちに、いつしか夜のしじまが訪れた。妻はとっくに布団の中で寝息をたてている。ワタクシはといえば、そう、ひとりで〝漁港タイム〞を楽しむのである。
これがウワサのあんこう鍋だ。あん肝が溶け出したオレンジ色のニクい奴。砥上屋旅館では5月ぐらいまで予約を受け付けているとのことなので、ぜひ!
寒いから当然窓も障子(しょうじ)も閉めているけれども、その障子越しにひなびた漁港の気配をヒシヒシと感じるのだ。大きな港町や観光地の海辺とかでは感じられない、ひなびた漁港ならではの気配。これが地酒のサイコーの肴(さかな)となるんだなぁ。明るいうちの酒もいいけれど、温泉三昧した後の深夜の酒もうまいねぇ。実にうまい。そしてだんだんと意識がまどろんでくる。すると、耳の中に幻聴のごとく微かにあの歌が聴こえてくるのである。
お酒はぬるめの燗がいい〜 肴は炙ったイカでいい〜♪
うんうん、コレだよ、コレ、コレ。ひなびた漁港のセレナーデ(夜曲)だねぇ。
文・写真/岩本 薫
♨今月のひなびた温泉
砥上屋旅館 <茨城・平潟港温泉>
◎料金:あんこう鍋コース1万4450円〜(10月〜5月の期間限定 ※要確認)、日帰り入浴不可
◎泉質:ナトリウム・カルシウム│ 塩化物泉
◎アクセス:常磐線大津港駅から徒歩25分、またはタクシー5分/常磐道北茨城ICから国道6号経由12キロ
◎住所:茨城県北茨城市平潟町141
◎TEL:0293-46-0418
※詳細は👉こちら
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2025年5月号)
(Web掲載:2025年7月3日)