【ひなびた温泉】〝マー鯉〞の吠えるが如しの源泉かけ流し はやぶさ温泉<山梨>

あのシンガポールのマーライオンを彷彿とさせる激しいドバドバ源泉かけ流し。浴室に足を踏み入れた瞬間、うぉ~!すごい温泉に来ちゃったなぁ!と思うことうけあいだ
せっかく建てた旅館をやめて、日帰り入浴施設に!
旅館、建てちゃったけどさぁ、やっぱヤメにしない? だってさぁ、せっかくこんないい温泉なんだから、多くの人に入ってもらいたいじゃん。思い切って、旅館やめちゃって日帰り入浴施設にしちゃおーよ……。
ま、実際そんなやりとりがあったのかは知りませんが、あまりにいい温泉だったから、せっかく建てた旅館をやめて(営業しないうちにですよ!)、日帰り入浴施設にしちゃったっていうんですね。スゴくないで
すか?このエピソード。
山梨県の笛吹川のほとりに立っているはやぶさ温泉がどこからどー見ても旅館にしか見えないのには、そんなワケがあった。
でも、なにはさておき、温泉はどうなのよ?ですよね。旅館をやめちゃうほどの温泉ってどんな温泉なの?って。
え〜、ワタクシはですねぇ、このはやぶさ温泉のことを密かに〝マー鯉温泉〞って呼んでいたりする。それというのも、浴室に入ったときのファーストインプレッションがまさにマー鯉なのだから。
まず、衝撃的なドバドバ源泉かけ流しが目に飛び込んでくる。源泉は鯉の形をした陶製の湯口から注がれているのだけど、それがもう注がれているなんていうレベルじゃなくて、「ブボォォォーッ」と鯉の口から激しく噴き出しているのである。まさに鯉がマーライオン化しているのだ。これはなかなかパラダイスな光景ですよ。音だってスゴい。源泉が投入される「ドボボボボボボーッ」っていう音と、湯船から湯が大量にあふれていく「ザバザバザバーッ」っていう音が交わった、温泉好きのハートを否応なしにハイテンションにしてくれるサウンド効果。パラダイスだなぁ。
マー鯉さん!いつも素晴らしい湯をブボォォォーッとありがとう!
ずっとつかっていられる湯
さて、こーいう、はやぶさ温泉のような激しく度を越したドバドバ源泉かけ流し温泉(いや、もちろん、激しく度を越してくれてありがとう!)っていうのは、湯の鮮度もたまらなくいい。そりゃそうですよね。これだけ激しくかけ流されているんだから。
ドバドバ源泉かけ流し温泉はハズレなくつかっていて気持ちいいのは、湯の鮮度がいいから。そう、鮮度が大事なのは生鮮食品だけじゃない。温泉も鮮度が命なんですね。コレ、と〜っても重要なことなんですよ。ホラ、よく温泉は泉質が決め手だよね、なんてことがいわれるわけだけど、温泉の泉質と鮮度って車の両輪のようなもので、せっかくのいい泉質の湯も、鮮度が落ちるとくたびれた湯になってしまう。
そもそも、温泉の鮮度を落とすものはなにか。
それは酸素。酸素が温泉を酸化させて鮮度を下げていく。じゃあ酸化とはなにかっていうと、酸素とさまざまな物質が結びついて化学変化が起きること。たとえば鉄が錆(さ)びるのも、リンゴを切った断面が茶色くなるのも、栓(せん)を開けたワインの風味が落ちるのも酸化。
じゃあ温泉の場合はどーなのかっていうと、温泉っていってもさまざまな泉質があるからひと言ではとてもいえないところがもどかしいけれども、温泉に含まれるいろいろな成分が変化して、色が変わったり香りが弱まったり、保温とか保湿効果が落ちたりと、劣化していく。そうなると浴感も弱々しくなってしまう。源泉100%かけ流しの湯と、循環湯の違いはまさにソレなんですねぇ。
そして、はやぶさ温泉のもうひとつナイスなところは、ずっとつかっていられるやさしい湯だったりする。鼻先に絶妙に香るかすかなタマゴ臭(温泉好きでこの匂いがキライな人いないでしょ?)。pH9.9の高アルカリ性の湯で浴感がツルツルスベスベ。ああ、気持ちいいなぁ、もー出たくないなぁ。ハイ、そう思ったなら、出ちゃいましょう。え?出たくないのに出るって、どーいうことよ?
外観は立派な旅館。旅館じゃないってわかっていても、泊まってみたいなぁ
人をダメにしちゃう露天風呂!
出たくなくてもそこはあえて出て、露天風呂へ行くべし。
はやぶさ温泉には長湯がサイコーな露天風呂もあるんです。マー鯉の内湯は湯の温度がだいたい41度ぐらいの適温。一方の露天風呂は39度とちょっとぬるめ。いや、この泉質でこの温度はヤバいですよぉ。もー、ずぅ〜っとつかっていられる。この露天風呂で至福の表情でウトウトとまどろんでいる人も少なくはない。そう、はやぶさ温泉の露天はまさに人をダメにしちゃう露天風呂なのである。
ちなみにはやぶさ温泉には食事処もあって、ここの料理が温泉水を使っていたりしておいしいのですよ。それらをツマミに湯上がりビール。いや、もー、こーなったら、日本酒もガンガン行っちゃおーぜ!と、露天風呂でダメになっちゃったあとは、ココでさらにダメになっていくのが、はやぶさ温泉での正しい過ごし方なのであ〜る。
文・写真/岩本 薫
プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。
今月のひなびた温泉
はやぶさ温泉 (山梨)
◎営業:10時〜最終受付20時15分/火曜休
◎料金:700円(2時間まで)、1300円(4時間まで)、1800円(1日利用)/貸切個室3000円〜
◎泉質:アルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性温泉)
◎アクセス:中央線塩山駅からタクシー10分/中央道勝沼ICから13キロ
◎住所:山梨県山梨市牧丘町隼818-1
◎TEL:0553-35-2611
※公式サイトはこちら
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2025年1月号)
(Web掲載:2025年5月7日)