【ひなびた温泉】お疲れのようですねぇ。チョコっと湯治をしませんか?井筒屋別館<山梨・塩山温泉>

右の浴槽がメインの加温浴槽。左が源泉そのままの冷泉。この二つを行ったり来たり。うんうん、これでいいのだ。これがいいのだ。そして交互浴の素晴らしいところは気持ちのよさだけではない。自律神経のバランスがととのって翌日、身体がシャキッとしているはずだ。これぞ湯治の湯!
プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。
気軽に低価格でスキマ時間にチョコっと湯治
「結果にコミットする」のキャッチフレーズで有名なライザップが展開する「チョコザップ」。事業開始からわずか約2年半で店舗数全国約1800店という成長を遂げているっていうんですね。きっと、低価格でスキマ時間にチョコっとトレーニングできるという新しいスタイルが、忙しい現代人のライフスタイルに見事にハマったのでしょうね。
というわけで、みなさん、「チョコっと湯治」をしませんか?
湯治っていうと、東北の農家の人たちが農閑期に温泉地に長期滞在して1年の疲れを癒やす伝統的な療養スタイルで、現代では失われゆく文化となってきているけれども、そんな湯治をあなたのライフスタイルにも取り入れて、めっちゃ気軽に「低価格でスキマ時間にチョコっと」してみませんか?と、今回はそんな話をひとつ。
そもそも湯治宿ってどんな宿かっていうと、まず、食材を持ち込む自炊がOK。宿には冷蔵庫や自炊ができる設備、鍋やフライパンや食器なんかもある。宿によっては、旅行客用の棟と自炊客用の棟とを分けているところもある。
そして湯治宿は安い。素泊まりでも4000円ぐらいで泊まれる宿なんかザラにあるのだ。
で、いちばんのポイントはここ。なんてったって古くから多くの人が療養に来ていた湯治の湯であるわけで、間違いなくいい湯なのである。普段、スーパー銭湯の温泉しか行ってないような人だったら、「え?今までの温泉はなんだったの?」と、その湯のよさに驚くはずだ。
でも、そういう宿って長期滞在の人しか泊まれないんじゃないの?って思う人もいるかもしれない。心配無用だ。誰でも、そして1泊だけでも泊まれるのである。
そう、つまりそういうめちゃくちゃリーズナブルで温泉の泉質も折り紙付きの宿で、気軽な湯治をしようではないかというのが、ワタクシが説くところの「チョコザップ」ならぬ「チョコっと湯治」なのである。若いうちならサウナで「ととのう」かもしれないけれども、40代後半、50代、60代ともなると体のあちこちにガタがきて、サウナごときでは「ととのわない」のだ。ここはひとつ湯治宿のガチな湯でしっかりと「ととのおう」ぜ!と。
交互浴の無限ループでリフレッシュ
さて、そんな「チョコっと湯治」にぴったりな宿がある。昔ながらの湯治宿っていうと多くは東北の公共交通機関では行きにくいようなところにあったりするけど、そこは都心から中央線でヒョイっと行けて、しかも最寄り駅から徒歩10分という利便性を誇る宿だったりするのだ。
山梨県の塩山(えんざん)温泉にある井筒屋別館だ。ここは元々は井筒屋という温泉旅館のいわゆる自炊棟で、今では本館は閉業し、この別館だけで営業している。だから外観はまったく商売っけがなく、看板がなければ古びた民家のようだ。館内も田舎の実家のようで、しかもいかにも昭和な急角度の階段があったりと、ひなびた温泉が好きな人なら間違いなく胸キュンする宿なのだ。
え?ここ、旅館なの?と、ためらう人もいるかもしれない。ひなびた温泉好きにはこのオーラがたまらないんだなぁ
階段の角度がヤバいぞ!古い宿は一周まわっていろいろと新鮮なのだ
そして何度もいうようにここのお風呂はガチな湯治の湯。露天風呂なんていうシャレたものはないけれども、 ㏗10.1を誇るトロトロの素晴らしい湯がある。浴室には40度ちょっとに加温したメインの浴槽と源泉そのままの冷泉の小さな浴槽があって、循環も塩素消毒もないのはもちろん、蛇口からは源泉が出てくるのでかけ流しも楽しめる。
で、ここで楽しんでほしいのが、加温湯と冷泉に交互につかる交互浴だ。いや、ホント、ここで交互浴を楽しまなかったら、それはイコール、井筒屋別館を半分しか楽しんでいないと言いたいぐらいだ。
温かい湯と冷たい湯に交互につかる交互浴は、自律神経をととのえるという体への効能もあるけれども、体をじんわり温めて、それをクールダウンし、また温めて……と繰り返すことは、そんな理屈もどーでもよくなるほど気持ちいい。そして、井筒屋別館での交互浴の気持ちよさを決定づけているのはやっぱりその泉質だろう。交互浴の場合、特にクールダウンする冷たい湯がポイントなんじゃないかって思う。それが単なる水風呂なのか。温泉なのか。この違いだけでも気持ちよさは変わってくるのだけど、井筒屋別館の場合はそれがトロトロ浴感の冷たい温泉で、しかも泉温が20度ぐらいで、冷たすぎない。これが過激なクールダウンにならなくてじっくりじわじわと体に優しく気持ちいいのだ。
時代に取り残されたような、そしてなんだか秘密のアジトめいた井筒屋別館で、人知れず快楽の交互浴無限ループをとことん楽しむ。新宿から特急で1時間ちょっとで来られる場所で、しかも4000円で泊まることができるのだ。「チョコっと湯治」の最高峰が思いもよらず身近なところにあるわけで、ああ、これは人にはいいたくないなぁ、いいたくないねぇ(笑)。
文・写真/岩本 薫
♨今月のひなびた温泉
井筒屋別館 <山梨・塩山温泉>
◎料金:素泊まり4070円(1人泊は4400円)/日帰り入浴500円、日帰り休憩1800円(不定休、要確認)
◎泉質:単純硫黄冷鉱泉
◎アクセス:中央線塩山駅から徒歩10分/中央道勝沼ICから10キロ
◎住所:山梨県甲州市塩山上於曽7
◎TEL:0553-33-2192
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2025年7月号)
(Web掲載:2025年8月13日)