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【ひなびた温泉】チョイと熱海までレトロタイルフェロモン浴へ 龍宮閣 <静岡・熱海温泉>

場所
  • 国内
  • > 北陸・中部・信越
  • > 静岡県
> 熱海市
【ひなびた温泉】チョイと熱海までレトロタイルフェロモン浴へ 龍宮閣 <静岡・熱海温泉>

外の喧騒とは切り離され、タイムスリップしたかのような静けさの中、フシギな気持ちで入浴するワタクシ。湯は熱く、ジワジワと肌に攻めてくる浴感。これぞ熱海の名湯!

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プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)

1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。

温泉マニアにとってテッパンのレトロタイル

レトロタイル萌(も)え。

それはひなびた温泉マニアにとってテッパンのひとつだったりする。いや、ホント、レトロなタイルが醸し出すあの萌え萌えフェロモンの正体は一体なんなのか?

え〜、昭和の昔、サントリークレスト12年というウイスキーがあったんです。テレビCMに登場するのは名優ショーン・コネリー。ただウイスキーを味わうだけのシーンでも、彼が演じるとたちまち映画のワンシーンのようになり、最後にこんなキャッチコピーが流れる。

「時は流れない。それは積み重なる。」

つまりはこれなんですね。突然、広告の話をして「はい?」って思われたかもしれませんが、そう、時は積み重なるんです。このキャッチコピー、ひなびた温泉をこよなく愛するワタクシとしましては、ウイスキーじゃなくって、ひなびた温泉のキャッチコピーにしたいぐらいなんですから。だって、まさにひなびた温泉の魅力を一言で鮮やかに表現しているわけで。

ひなびた温泉には流れずに積み重なった時間が宿っている。床にも壁にも湯船にも。時間を宿したモノたちがひなびたオーラを放っているわけで、ひなびた温泉の魅力とは湯につかるだけでなく、そうしたオーラにどっぷりと浸ることでもある。

そして中でもタイルという材料はひときわ時間が宿りやすかったりするのだ。古びたレトロなタイルは時間を味わい深く宿している。さらにそれだけではなく、タイルがまだ浴室の装飾の花形だった時代の色気の〝残り香〞のようなものも醸し出している。つまりそれらがレトロなタイルが醸し出すあの萌え萌えフェロモンの正体だったりするんじゃないかってワタクシは確信しているのだ。

さてさて、今回、な〜んでレトロタイルの話をこんなふうにクドクドしているのかっていうと、そんなレトロタイルのフェロモンにどっぷり浸れる温泉旅館を紹介したいからなのである。いや、ホント、レトロタイルの美しい温泉は数あれど、ここはちょっと格が違う。レトロタイル萌えの人たちを悶絶させるレベルなのである。

熱海の時空がひずんだ異空間

旅館の名前は龍宮閣(りゅうぐうかく)。駅前から続く平和通り商店街のにぎわいを抜けたあたりに、1938(昭和13)年創業ならではのド昭和な異彩を放って立っている旅館である。

で、ここの浴室である。もしもあなたがレトロタイル萌えの人であったなら、龍宮閣の浴室の扉を開けたとたん、思わず立ち尽くすかもしれない。というのも、扉の向こうに見える龍宮閣の浴室は、床から壁、湯船、そしてなんと天井までもがびっしりとタイルで覆われているからだ。天井は優雅なアーチ状だったりする。しかも、ここ龍宮閣の浴室は家族風呂のようにこぢんまりとしているのである。装飾に凝った浴室は往々にして立派な大浴場だったりするけれども、龍宮閣の浴室は、ある意味、分不相応に凝っている。例えるなら、クジャクの羽をまとったスズメみたいな感じだ。

でも逆にその分不相応なところがミョーなインパクトになっているのだ。空間が狭いぶん、レトロタイルが放つフェロモン濃度がスゴい。狭い空間に充満しているのである。ヤバいですよぉ、これは!

そんなタイル萌え萌え空間の中に、さらに輪をかけるようにして立派なタイル絵がドドンとダブルで飾られている。これがまた萌え萌え必須なんだなぁ。1枚は水浴びをするニンフ(ギリシャ神話の妖精)たちを描いたようなタイル絵。もう1枚は亀の背中に乗って龍宮城へ向かわんとしている浦島太郎を描いたタイル絵。

レトロタイルに覆われた浴室の湯船で、前後のタイル絵の圧を絶えず受けながら、熱海ではけっこう貴重な源泉100%かけ流しの湯につかる。コレはねぇ、もー、たまらんですよ、マジで!

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浦島太郎伝説を描いたタイル絵。80年代のファミコンゲームのビット絵を彷彿とさせる味わい深さ

そして、表の喧騒(けんそう)はここまで届かない。桶の底がタイルを打つ音が響く浴室特有の静寂の中、レトロタイルに上下前後左右を囲まれて、まるでタイムスリップしたような感がある。そんなフシギな感覚を味わいながら浦島太郎を見つめれば、そっか、この浦島太郎氏がこれから向かう龍宮城はわずか数日で300年もの時が過ぎてしまう異空間だもんなぁ。してみるならば、このタイムスリップ感満載な龍宮閣の浴室は、時空のひずみに通じる入り口なのかもしれない、なんてふうにも思えてくるのだ……。

外へ出れば相変わらずの熱海の喧騒である。さっきまでのタイムスリップ感が夢か幻だったように思えてくるが、振り返ると、時代に取り残されたような龍宮閣の建物が確かにそこにある。

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熱海のメイン通りで異彩を放つ外観。いい味出してます

土産店や飲食店が並ぶ平和通り商店街を抜けて熱海駅前に戻る頃には、この駅で列車を降りたのは何日も前のことだったように思えてくる。300年もの時間はたっていないけれども、なるほど、龍宮閣とはよく言ったものだなぁ、と、思わずにはいられなかった。

文・写真/岩本 薫

♨今月のひなびた温泉

龍宮閣<静岡・熱海温泉>

◎料金:素泊まり1泊6400円、日帰り入浴30分貸し切り1000円/毎月第3水曜休(不定)
◎泉質:カルシウム・ナトリウム-塩化物泉
◎アクセス:東海道線熱海駅から徒歩5分/西湘バイパス石橋ICから20キロ
◎住所:静岡県熱海市田原本町1-14
◎TEL:0557-81-3355


※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2025年6月号)
(Web掲載:2025年7月4日)


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