【温泉は人生の句読点だ!】“元祖キラキラ女子”が推す温泉の穴場宿 民宿味楽<三重・榊原温泉>

こぢんまりとした湯船だけど、それゆえに湯の鮮度も素晴らしい。ひなびた温泉宿っていうのは、往々にして、そういう湯を夜も朝も好きなだけ「独泉」できちゃうんですね。これだからひなびた温泉巡りはやめられないのですヨ
プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。
清少納言が『枕草子』の中で、“いとをかし”と綴った湯
久しぶりに伊勢神宮に行こうということになって、じゃあ、セットの温泉はどこにしようか(え〜、ワタクシの場合、旅であれ出張であれ、どこか遠くに行くときは必ず旅程に温泉をセッティングするのですね)。伊勢神宮っていえば榊原温泉で身を清めてから参拝するという「湯ごり」が伝統だし、あの元祖キラキラ女子も推していた温泉としても有名だ。え?元祖キラキラ女子って誰だって?そりゃあアナタ、清少納言さんに決まってるでしょうが。
誰もが憧れる宮仕えの雅な日々や、ワタシの美意識や恋愛観はほかとはちょっと違うのよといわんばかりにもろもろのことを綴った『枕草子』は、今でいうならば憧れのキラキラ女子のSNSのようなもの。彼女が『枕草子』の中で連発していた「いとをかし」は、現代語にすると「ステキね!」。あるいは叶姉妹ふうにいうなら「とてもファビュラス(※)だわ」といったところだろう。
榊原温泉はそんな清少納言が『枕草子』の中で「湯は ななくりの湯。有馬の湯。玉造の湯。」と綴った温泉。え〜、 ななくりの湯という聞きなれない温泉がありますが、これがすなわち現在の榊原温泉のこと。榊原温泉がある地域は、その昔、七栗上村(ななくりかみむら)と呼ばれていたのですね。ただ、こうして引用してみると三つの温泉を羅列しているだけのそっけない文章に見えるけど、それは当時の文体だからで、ノリとしては「榊原温泉、有馬温泉、玉造温泉!温泉っていえばやっぱりこの三つがステキね!ワタシ的には、とてもファビュラスで、いとをかしな温泉なのよ!」と、そんなキラッキラのテンションが込められているはずである。おそらく(あ、責任は持ちませんが……)。
というわけで、いざ榊原温泉へ。ワタクシのフェイスブックつながりの温泉マニア情報で「民宿味楽」が安くて湯もいいとのことなので、さっそく電話して予約すると、なんと1泊2食1万50円という安さ。迷わず即決した。
ザ・正しきニッポンの民宿
さて、「民宿味楽」は榊原温泉の外れにあった。つつましい佇(たたず)まい。宿は立派になればなるほど興味を失っていくワタクシにとって(某「◯のや」なんかは、もぉー、どこか別の惑星での話ぐらいに興味ゼロのワタクシにとって……)、そのつつましい佇まいはなかなか〝ファビュラス〞だった。
民宿然としたつつましい佇まい。榊原温泉にもこんな宿があったんだなぁとうれしくなった
チェックインして、まずは温泉、温泉と、風呂場に直行すると、そこには大人ふたりでいっぱいになるようなこぢんまりとした湯船があって、適温に加温された温泉で満たされていた。蛇口がふたつあったのでひねってみると水道水ではなく、それぞれ加温湯と冷たい源泉がジャバジャバと出てくる。おお、セルフかけ流しができるというわけだ。うんうん、これも実に〝ファビュラス〞かも。
さっそく湯につかってみると、トロトロの気持ちのいい湯。湯船がこぢんまりとしているから湯の鮮度も素晴らしい。こういうトロトロのアルカリ性の湯は、石鹸(せっけん)みたいに肌の古い角質を落としてくれる。そこが〝美肌の湯〞といわれるゆえんだけど、そっか、身を清める「湯ごり」の湯がこんな極上の〝美肌の湯〞だなんて、さすがは伊勢神宮、レベルが違う。そして、この湯を推した清少納言。さすがだなぁ。めっちゃ〝ファビュラス〞じゃないっすか!
民宿味楽のザ・蛇口ブラザーズ!手前は適温の加温湯。奥は冷たい源泉がジャバジャバ出てきます
温泉は期待を超えてよかった。さて、じゃあメシはどうなのか。これがまたよかったんだなぁ。
いや、実はですねぇ、ワタクシ、民宿のメシが好きなんですよ。見た目はちょっと贅沢(ぜいたく)な家庭料理って感じで、料理にちゃんと地のものが使われていて、心がこもっていておいしい。そんな民宿メシ。逆にいうと、旅館メシが苦手だったりする。ほら、あるでしょ? 味気ない作り置きの料理が会席風に並んでいて、固形燃料にチャッカマンでカチッと着火する小鍋とかが付いている、アレですよ、アレ。なんていうか日本中どこへいっても同じパターンなのは、気のせいだろうか。
さて、じゃあ、「民宿味楽」のメシはというと、まさに好みのメシそのものだった。地のものっていったって、ここは伊勢志摩ですからねぇ、魚がうまい。そして野菜も有機農法の自家栽培の野菜を交えて使っているとのこと。湯がよくてメシがうまい。このふたつを満たしていれば、ワタクシ的にはほぼ満点の宿である。
ところが、「民宿味楽」はご主人や女将(おかみ)さんもとても感じがよくって、気取らない部屋は居心地もよく、ザ・正しきニッポンの民宿って感じで、なんとも〝ファビュラス〞で、「いとをかし」な宿なのである。榊原温泉にこんな穴場的な宿があったなんて知らなかったなぁ。ここは「知る人ぞ知る宿」として、もっと温泉マニアに知られてもいいんじゃないだろうか。というわけで、今回のこのエッセイがそんな情報の発信源になることを願ってやみません。
でも、今回は叶姉妹から(とくにお姉さまのほうから)「あなた、ファビュラスの使いかた間違っているわ!」って、微笑みながら、でも目が笑っていない顔でぴしゃりと怒られそうな気がしないでもないけど、たぶん清少納言ならわかってくれるだろう(ホントか?)。
文・写真/岩本 薫
♨今月のひなびた温泉
民宿味楽 <三重・榊原温泉>
◎料金:1泊2食1万50円
◎泉質:アルカリ性単純温泉
◎アクセス:近鉄名古屋線久居駅からバス40分、榊原下車すぐ/伊勢道久居ICから10キロ
◎ 住所:三重県津市榊原町5054
◎TEL:059-252-0040
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2025年9月号)
(Web掲載:2025年9月10日)