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【食べ歩き ご当地おでん】コラム 私の好きなおでん(小説家・山口恵以子)

【食べ歩き ご当地おでん】コラム 私の好きなおでん(小説家・山口恵以子)

金沢・三幸 本店のおでん鍋(写真/宮川 透)

「ご当地料理」の種は尽きない

日本テレビの「秘密のケンミンSHOW 極(ショーきわみ)」が長寿番組になっている。狭い日本と思いきや、山、あるいは川を一つ越えるだけで違う文化や習慣が息づいているのだ。だから「ご当地料理」の種は尽きない。

当然、おでんも「ご当地ネタ」があって、おそらく都道府県の数だけ種類があるだろう。静岡おでんは今や立派な全国区だ。

おでんネタで有名なのは金沢の「カニ面(めん)」ではあるまいか。カニの甲羅に身と外子、内子を詰めて足で蓋をしておでんの汁で煮る。聞いただけで美味(おい)しそうで、ゴージャスこの上ない。

ところが悲しいことに、私はまだこのカニ面を食べたことがない。初めて金沢に行ったときは初夏でカニがなく、冬に居酒屋のメニューで「カニ面」を見つけて注文したら、カニはカニでもカニカマボコだった。ま、一個700円だったから、当然でした。

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金沢・菊一のカニ面

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金沢・三幸 本店の盛り合わせ(写真/宮川 透)

富山のおでん屋さんで「ハイヒール」というお品書きを見つけて、何かと思ったら「豚足(とんそく)」だという。じっくり下煮して余分な脂を落としてあるので、ゼラチン質のみ残っていて、女性でも一本ぺろりと食べられる。翌朝はコラーゲンでお肌ピチピチ!

実はこの豚足おでん、発祥は沖縄で、ご当地では「テビチおでん」という。沖縄は伝統的に豚肉料理をよく食べるので 、おでんに豚足を入れるアイデアが生まれるのも当然かもしれない。沖縄生まれのテビチおでんが富山に渡ってハイヒールになるというのも、なんだか日本昔話みたいで面白い。

私は『婚活食堂』(PHP文芸文庫)という、おでん屋を舞台にした小説シリーズを書いているのだが、その店のおでんの「推し」が、牛筋、ネギ鮪(まぐろ)、鰯(いわし)のつみれ。これは新橋の「銀座九丁目」というおでん屋さんの看板メニューで、40年くらい前に通ったものだ。

もう一つ、夏メニューの「冷やしトマトおでん」。これは麻布十番の「福島屋」の有名なトマトおでんを、夏限定にアレンジした。冬用には「ミニトマトとチーズの巾着」というネタを書いているが、これは銀座8丁目の「ほろばしゃ」のメニュー。ちなみに、「ほろばしゃ」は屋台から始めて、今のご主人で3代目だそうだ。店に歴史あり。

おでんのネタは果てしなく種類があるが、私は大根とコンニャクは外せない。「ザ・おでん」という感じがする。派手さはないが滋味がある。売れっ子のキャバクラ嬢じゃなくて、裏町の居酒屋の寂し気な美人女将(おかみ)の風情だ。大人の味ですよ。

そして白滝。みなさんは白滝の美味しさを知っていますか?私は食堂で働いていたときに知りました。築地場外の「花岡商店」で売っている白滝を使った「白滝とタラコの炒(い)り煮」を食べて、仰天した。細くてコリコリ。これを食べたらスーパーの白滝は食べたくない。同じくらい美味しい白滝も売っているけど、値段は花岡商店の3倍する。ちなみに「ほろばしゃ」は花岡商店の白滝を使っています。

おでんの素晴らしさは、どんな具材でも鍋に入れちゃえば全部「おでん」になることだと思う。それこそ、カニ面から豚足まで「おでん」なのだ。この包容力こそ、日本料理の底力だと思う。 

これから寒くなる。おでんで一杯やりましょう。

文/山口恵以子

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静岡・乃だやのおでん鍋(写真/阪口 克)

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静岡・おがわの店内メニュー(写真/阪口 克)

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静岡・三河屋の入り口(写真/阪口 克)

8.静岡盛り合わせ.jpg
静岡おでんの盛り合わせ(写真/ピクスタ)


1.山口さん.jpg

やまぐち・えいこ
1958年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。2013年、旧丸の内新聞事業協同組合の社員食堂で勤務中に『月下上海』で第20回松本清張賞を受賞。『食堂のおばちゃん』(ハルキ文庫)、『婚活食堂』(PHP文芸文庫)、『ゆうれい居酒屋』(文春文庫)の「食と酒」シリーズなど著書多数。最新刊は『見てはいけない』(祥伝社文庫)。

※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2025年11月号)
(Web掲載:2025年10月30日)


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