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【ひなびた温泉研究家 岩本薫の温泉は人生の句読点だ!】第1回 平山温泉 龍泉荘<静岡県>

場所
  • 国内
  • > 北陸・中部・信越
  • > 静岡県
> 静岡市
【ひなびた温泉研究家 岩本薫の温泉は人生の句読点だ!】第1回 平山温泉 龍泉荘<静岡県>

三つに仕切られた楕円形、タイル張りのレトロな湯船。そこにまどろむように湯につかるおっちゃんたち。ふんわりと鼻をくすぐるように硫黄が匂うトロトロ湯が、適温、ぬる湯、さらにぬる湯と3段階で堪能できる。こりゃあ、まどろむなぁ

 

 

プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)

1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。

 

いつの間にか、時代の最先端に立っていた!?

一見古びた民家のような建物の引き戸をガラリと開けると、時が止まったようなド昭和な空間が目に飛び込んできた。

迎えてくれたおっちゃんに「日帰り入浴で」と告げて500円を払い、浴室へと向かった。簡素な脱衣所からガラス戸越しに、いかにも地元の常連といったふうのおっちゃんたちが談笑しながら湯船につかっているのが見えた。

ここ、入っていかなきゃならないのかぁ……。それはまるで、酔っ払った常連客だらけの初めてのカラオケスナックに、たった一人で入っていくのに匹敵するぐらいの入りづらさだった……。さぁ、どーするオレ?

覚悟を決めて扉を開けた。案の定、おっちゃんたちが一斉にこっちを見た……。

静岡市のはずれの山あいに平山温泉 龍泉荘という、タクシーの運転手さんさえも知らないような元温泉旅館がある。現在は日帰り入浴のみの営業で、たまたま出張でその近辺を訪れたとき、アテンドをしてくれた地元の人が「ちょっとおもしろい温泉があるから、よかったら」とニヤリと笑って勧めてくれたのが龍泉荘だった。

脱衣所の窓ガラス越しの光景は、まさに地元常連感マックスな感じで入りにくい。しかし、ひるまず中へ入るべし。「こんにちは~」と気負わずあいさつすれば快く迎えてくれるから。ボクは、ここでおいしい静岡おでんのお店を教えてもらった

「ひなびた温泉」に目覚めた

龍泉荘はひなびた温泉だった。古くて、ボロくて、時代遅れで、営業しているのかどうかもよく分からない。ニヤリの意味が分かった。でも、そんな機会でもなければこんな温泉、ゼッタイ自分からは来ないだろうしね。ま、いっちょ、試しに入ってみよっか。

それが今から10数年前のこと。で、その軽い気持ちの「みよっか」がボクの運命をガラリと変えたのだ。龍泉荘でボクはまるで映画「スター・ウォーズ」のフォースの覚醒のごとく、ひなびた温泉に目覚めてしまったのだ。

以来、ボクは取り憑かれたかのようにひなびた温泉を求めて東へ西へと旅するようになった。気がつけば、ひなびた温泉関連の書籍を9冊も出し、テレビとかラジオとかにもひなびた温泉にしか興味がないちょっと変わった人として呼ばれるようになった。世の中、どー転ぶか分からないもんですね。

じゃあ、そもそもひなびた温泉のどこにそんなにハマったのか?それはとてもひと言でお伝えできることではないので、おいおいここで書いていきたいと思う。ただ、一つだけいうならば、湯の良さにガツンとやられた。なんだ? この温泉は?ってハッとするほどに。

今にして思えばボクがそれまで入ってきた温泉のほとんどが源泉かけ流しではない循環湯、しかも塩素消毒剤入りの、せっかくの泉質が骨抜きにされたような温泉だったのだろう(いや、ホント、テレビとかで紹介されるような世の中的に素敵な温泉であっても、そんな温泉、めっちゃ多いんです)。でも、ひなびた温泉みたいな昔ながらの温泉は、源泉かけ流し率も高くて湯にハズレがほぼない。逆にいえば、だからこそ古くてもボロくても、みんなに愛されているのである。

今、旅の流行は〝脱観光地〞

そんなわけでボクの旅はほとんどが観光地とは無縁だったりする。だって、ひなびた温泉の多くがそーいう場所にあるんだから、おのずとそーなるのだ。日本中どこにでもあるような田舎の風景の中を気ままに歩き、地元民御用達の共同浴場を巡りながら、やはり地元民御用達の大衆食堂や居酒屋で安くてうまい飯や酒を楽しんで、ひなびた温泉宿に泊まるというわけ。

やれ絶景だ、やれ映えスポットだ、はたまたオーバーツーリズムがどーしたこーしたって騒がれている昨今、ボクのそんな旅はあきらかに時代と逆行している。でもねぇ、旅の醍醐味は脱日常っていうじゃないですか。じゃあ、時代からも脱出しちゃう旅こそ、究極の脱日常だもんネと、自己満足しながら旅を楽しんでいるっていうわけ。

ところがどっこい! 先日、たまたま最先端トレンドを紹介するWEBマガジンを読んでいたら、今、海外を中心に「スロートラベル」なるものが人気となっているっていうんですね。なんでもその「スロートラベル」とやらは脱観光地的な旅なのだっていう。あえて観光地じゃないところを旅して、まるで地元民のように地元の人たちのライフスタイルを疑似体験するような旅とのこと。多忙な時代に生きる現代人にとって観光旅行のようなあっちもこっちも的な予定ギチギチの旅は疲れるだけで、それよりも脱観光地的なユルい旅に癒やしを求めているトラベラーが増えているのだという……。

え? それってまんま、オイラの旅じゃん!(しかもこっちは温泉付きだ)

いや〜びっくりしたなぁ、もう。だってねぇ、自分では時代と逆行していたつもりが、知らぬまに、まさかの一周まわって時代の最先端に立っていたっていうんだから。いいんですかねぇ? こんなボクがそこに立っちゃって。

え〜、てなわけで今月号から始まりました。ワタクシ、ひなびた温泉研究家・岩本 薫の連載エッセー。毎回、みなさまを〝時代の最先端の旅〞(ホントか!?)へと誘っていければと思うのであります。乞うご期待!

文・写真/岩本薫

今月のひなびた温泉

平山温泉 龍泉荘
◎営業:10時~18時30分(土・日曜、祝日は9時~)/火曜・毎月最終水曜休
◎料金:1時間500円
◎アクセス:東海道線草薙駅からタクシー15分/東名高速清水ICから13キロ
◎住所:静岡県静岡市葵区平山136-2
◎TEL:054-266-2461
公式サイトはこちら


※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2023年8月号)
(Web掲載:2024年8月20日)


Writer

岩本 薫 さん

温泉本作家。ひなびた温泉研究所ショチョー。昔ながらのひなびた温泉の魅力を今に伝える執筆活動にいそしむ。目指すは温泉界の吉田類。著書に『日本百ひな泉』『ひなびた温泉パラダイス』『ヘンな名湯』など。

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