山形瀬見温泉 喜至楼 館内

「一人旅研究会」を名乗り、日本の郷愁空間を求めて旅を続ける栗原悠人さんは、温泉宿や温泉街などの何げない風景が、時に非日常の絶景に、時に忘れがたいノスタルジックな風景になり得ることを教えてくれる。SNSなどで公開しているお気に入りの宿を紹介してもらった。

栗原悠人（くりはら・ゆうと）
1995年、神奈川県川崎市生まれ。旅情・郷愁探訪家。普段は会社員として生活し、那須、札幌などの住居を転々としながら全国の温泉やひなびた空間へ旅する。日本一周、全県宿泊済み。アカウント名「一人旅研究会」のXのフォロワ―は約16万人。著書は『ノスタルジック写真集』（マール社）。

日常生活に疲れた私はまた、1人で旅に出る

日常生活では、どうしても心に疲れが溜まるものである。仲間たちとワイワイにぎやかに過ごして、その疲れを癒やすのも手であるが、静かな温泉宿に1人で泊まるのも即効性のある方法だと思う。

日常から切り離された空間で過ごす1人の時間は、世の中のしがらみから解き放たれる至高のひとときだ。孤独ではない、自由なのだ。その時間を、閑静な木造旅館で過ごすのがたまらなく好きだ。温泉に肩までどっぷりとつかり目をつむる。この空間に響くのは、湯が注がれる音のみだ。体だけではなく、心も洗い流している気分になる。

部屋に戻り、広縁にあるイスに座る。お茶を片手に窓の外を静かに眺め、人生について考えを巡らす。答えなんてあるはずがない。諦めや哀しみを感じながらも、同時に心の底から多幸感が湧いて来るのをひしひしと感じる。この素敵な場所でひとり自分を見つめ直せることに幸せを感じるからかもしれない。

自分自身と静かに対話するのは、意外にも心の栄養になる。この栄養補給がなければ、普段の虚無的な生活に溺れてしまっていただろう。そうして日常生活に疲れた私はまた、1人で旅に出るのだ。

喜至楼 ＜山形・瀬見温泉＞

山形県に現存する最古の木造旅館。外観はもちろん、館内は凝った意匠や装飾が豊富で魅了される。迷路のように入り組んだ廊下や旧字体で書かれた案内など見所が盛りだくさんで、いくら歩き回っても飽きない宿だ。
■最上町大堀988

ランプの宿 青荷温泉 ＜青森＞

四つの風呂を楽しむことができ、中でも総ヒバ造りの内湯「健六の湯」はほれぼれする。初夏には新緑、秋には紅葉、冬には雪を眺めながら、新鮮な湯を楽しめる。時間を選べば、この空間をひとり占めできる。あぁ、幸せだ。
■黒石市沖浦青荷沢滝ノ上1-7

越後屋旅館 ＜長野・角間温泉＞

圧倒的な美しさを誇る木造3階建ての宿。一度建物を見れば、たとえ建築好きでなくとも「温泉宿に来たぞ！」とワクワクするはずだ。宿泊者の特権で温泉街の外湯巡りもできてしまう。
■山ノ内町佐野2346-1

ランプの宿 渡合温泉旅館 ＜岐阜＞

電波や電気が通っておらず、デジタル社会を生きる現代人の心にしみる宿。夜、ランプの灯りを見つめているだけで、日々の疲れが夜に溶け出していくようだ。1泊だけだったとしても、宿との別れが惜しくなる。
■中津川市加子母渡合（冬季休）

藤三旅館 ＜岩手・鉛温泉＞

日本一深い自噴泉「白猿の湯」が有名で、立って温泉に入るのが特徴だ。扉を開けて階段を下りる。さぁ、温泉に入るぞ！という瞬間がたまらない。時間を気にせずひとりでゆっくりと入る名湯、最高だ。
■花巻市鉛中平75-1

文・写真／栗原悠人

※記載内容は掲載時のデータです。

（出典：旅行読売2025年3月号）
（Web掲載：2025年12月4日）