【伊東潤の 英雄たちを旅する】第30回 上杉鷹山と米沢
上杉謙信を祀(まつ)る上杉神社は米沢城本丸跡にある。参道には「毘」「龍」と書かれた謙信の軍旗がはためく

プロフィール
伊東 潤(いとう じゅん)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。歴史作家。2013年、『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を受賞。過去5回、直木賞候補となる。近著に、敗れ去った日本史の英雄たち25人の「敗因」に焦点を当て歴史の真相に迫るエッセー『敗者烈伝』(実業之日本社)などがある。
経営改革のお手本とされてきた上杉鷹山
「なせば成る なさねば成らぬ 何事も」の言葉で有名な米沢藩上杉家9代藩主の上杉鷹山(ようざん)は、経営改革のお手本とされてきた。しかし具体的に何をやったのかは、意外と知られていない。
以前の鷹山のイメージは、質素倹約を旨とする古臭い経営者というものだった。ところが、少し前からこの評価が一変し、斬新な政策を次々と打ち出し、藩政改革に成功した現代にも通じる経営者に変わってきた。
鷹山が藩主となる以前の米沢藩は、飢饉(ききん)に弱く農業生産性が低かった。そのため鷹山以前にも改革は行われたが、一方的な藩益追求の改革だったので、不満を持った農民たちによる一揆(いっき)が絶えなかった。
そんな中、藩主となった鷹山は、農村に藩士を派遣する郷村出役(ごうそんしゅつやく)という制度を設け、農村の声を聞き、実態を把握し、農民たちの意を汲んだ振興策を実現した。その結果、農民たちの信頼を勝ち取ることに成功し、一揆は収束していった。
また荒廃した耕作地の水利をよくし、堰堤(えんてい)を造って溢(あふ)れ水を防ぐとともに、100万本に及ぶ桑・漆(うるし)・楮(こうぞ)の植林を行い、商品作物の生産を奨励した。さらに藩営の縮織(ちぢみおり)工場を建て、それらを製品化していった。
鷹山は、同じ一反の土地でも米よりも利益率の高い作物を作らせることで、農民を富ませようとしたのだ。
こうした鷹山の改革は次々と成功を収め、それが鷹山個人への信頼に結び付いていった。鷹山は商人たちから融資を受け、殖産興業策をさらに進めると同時に農村の再建を図った。その結果、米沢藩は他藩も羨(うらや)むほど豊かな藩となった。
明治になってから米沢を旅した紀行作家のイザベラ・バードは、米沢のある置賜(おきたま)地方を「東洋のアルカディア(理想郷)」と呼んだほどだ。
晩年になっても改革を続けた鷹山は、72歳の天寿を全うした。鷹山は改革を断行する強い意志と、一度決めたことは継続する粘り強さを備えた稀有(けう)なリーダーだった。米沢の人々は今でも鷹山を尊敬している。
米沢に行ったら、鷹山を祭神とする松岬(まつがさき)神社はもちろん、その本社にあたる上杉神社にまず参詣し、祭神の謙信をはじめ歴代藩主に敬意を表したい。上杉家の宝物や遺物を展示している稽照殿(けいしょうでん)は米沢城跡に建てられているので、お城ファンは行ったついでに堀や土塁を満喫できる。

堀や石垣が残る米沢城址(じょうし)は松が岬公園として整備され、春は約200本の桜が咲く

米沢城二の丸跡の上杉伯爵邸は上杉家14代の伯爵邸として建てられ、大正期に再建。現在は郷土料理店

松が岬第2公園にある上杉鷹山の座像
上杉神社のすぐ南には、鷹山が隠居後の住処(すみか)とした餐霞館(さんかかん)跡がある。鷹山は35歳で隠居し72歳で亡くなるまで、37年余もここに住んでいた。上杉神社の西にある上杉家廟所(びょうしょ<米沢藩主上杉家墓所>)には、初代謙信を筆頭に歴代藩主の廟が並んでいる。

初代謙信、2代景勝から12代斉定まで歴代藩主の廟が並ぶ上杉家廟所。国の史跡
米沢市内には、教育を重んじた鷹山が再建した藩校の興譲館(こうじょうかん)跡、鷹山が自ら雨乞いした愛宕(あたご)神社、鷹山自ら田植えをして農業の尊さを伝えた籍田(せきでん)の碑、鷹山が師として招聘(しょうへい)した儒学者・細井平洲(へいしゅう)を出迎えた普門院など、ゆかりの史跡が多数ある。
鷹山の精神が現代まで脈々と受け継がれてきているのは、米沢に行けば分かるだろう。

毎年2月、雪灯籠と雪ぼんぼりにロウソクの火がともる「上杉雪灯篭まつり」
文/伊東 潤
写真協力/山形県観光物産協会、ピクスタ
英雄メモ🖋
上杉鷹山(うえすぎようざん)[1751-1822]
江戸中期の出羽(でわ)国米沢藩9代藩主。上杉治憲(はるのり)。鷹山は隠居後の号。日向(ひゅうが)国高鍋(たかなべ)藩主の秋月種美(あきづきたねみつ)の次男として江戸に生まれ、8代米沢藩主の養子となる。武士が多く財政難に苦しむ藩で、倹約の奨励、農村復興、殖産興業などの改革を行った。自らも食事は一汁一菜にし、木綿着を着て、奥女中を減らすなど質素倹約を実行。名言「なせば成る なさねば成らぬ何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」や、跡継ぎに贈った家訓「伝国の辞」でも知られる。後者は、国や民のために存在・行動するのが君主であると、君主専制を諫(いさ)めている。
[上杉神社までの交通]
山形新幹線米沢駅からバス8分、上杉神社前下車すぐ
[観光の問い合わせ]
TEL:0238-21-6226(米沢観光コンベンション協会)
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2025年7月号)
(Web掲載:2026年2月3日)


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