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【伊東潤の 英雄たちを旅する】第27回 南方熊楠と和歌山

場所
> 白浜町、田辺市、
【伊東潤の 英雄たちを旅する】第27回 南方熊楠と和歌山

南方熊楠が残した資料、標本、遺品を展示する南方熊楠記念館。白浜温泉の旅館やホテルが点在する白浜町の海岸に立ち、屋上から円月島や海を眺められる(写真/南方熊楠記念館)

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プロフィール
伊東 潤(いとう じゅん)

1960年、神奈川県横浜市生まれ。歴史作家。2013年、『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を受賞。過去5回、直木賞候補となる。近著に、敗れ去った日本史の英雄たち25人の「敗因」に焦点を当て歴史の真相に迫るエッセー『敗者烈伝』(実業之日本社)などがある。

興味の赴くままに森羅万象を研究した南方熊楠

民俗学と博物学の分野で、近代日本の先駆者的存在となった南方熊楠だが、人類学、植物学、生態学のみならず、隠花植物と呼ばれた菌類の研究家としても大きな功績を残した。とくに業績を挙げたのが変形菌の研究で、変種を多数発見した。

彼は興味の赴くままに森羅万象(しんらばんしょう)を研究し、記録し、膨大な論文を書いた。その成果は広範囲にわたり、全貌は今日でも解明されていない。

熊楠は1867(慶応3)年、和歌山城下の金物商、南方弥兵衛の次男として生まれた。少年の頃から、驚異的な記憶力と常軌を逸した勉強家ぶりで知られていたが、ある時など、蔵書家に借りた百冊以上の本を筆写し、それをすべて記憶していたという。しかし興味のない分野は一顧だにせず、東京大学予備門に入学したものの、落第して東大に入れないという挫折を味わった。

だが、それくらいでめげる熊楠ではない。19歳から14年間、アメリカやイギリスに留学し、その博覧強記ぶりで海外の一流研究家たちをも驚かせた。

語学力も尋常ではなく、十数か国語に精通していたという。彼の言語習得法は、原本と対訳本を比較して読み、さらに酒場で耳に入ってくる会話で覚えたというから恐れ入る。

熊楠が顕著な業績を残したのが民俗学だ。この分野は、柳田國男という巨人が先駆者としていたが、研究対象が日本国内に限られていた。そのため熊楠は和漢洋の学識を駆使して比較研究を行い、柳田からも高く評価された。熊楠の死後、柳田は熊楠を評して「日本人の可能性の極限」とまで褒めたたえた。

その生誕地の和歌山市や帰国後に住んだ田辺市には、熊楠を顕彰する記念碑や資料館がある。それだけ、この快男児が人を惹(ひ)きつけてやまないからだろう。

和歌山市の橋丁(はしちょう)という生誕地には、熊楠の胸像がある。その顔はどことなく寂しげで、生活人としては落第生だった熊楠の孤独を表しているような気がする。

西牟婁(にしむろ)郡白浜町の絶景の地・番所山には、「南方熊楠記念館」がある。ここには熊楠の生涯と業績を詳しく伝えると同時に学術振興を目的とし、文献・標本類・遺品・遺稿などの資料が多数展示されている。記念館の屋上展望デッキからは、熊楠も見たであろう果てしなく広がる太平洋が望める。

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南方熊楠記念館外観(写真/南方熊楠記念館)

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南方熊楠記念館常設展示室(写真/南方熊楠記念館)

田辺市には「南方熊楠邸」と「南方熊楠顕彰館」がある。「南方熊楠邸」は熊楠の旧邸を熊楠存命時の姿に改修するという念の入れ方で、熊楠がどのような生活をしていたかを体感できるようになっている。「南方熊楠顕彰館」は「南方熊楠邸」の北に建設された資料館で、熊楠の残した膨大な資料が保存されている。

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亡くなるまで暮らした田辺市の南方熊楠邸。楠や柿の木がある庭は、新種の粘菌を発見するなど研究園の役割も果たした。2006年に熊楠存命時の姿に復原

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植物採集行の様子。右端が熊楠(写真/南方熊楠顕彰館)

その近くの海岸からは、珍しい植物が繁茂する神島が遠望できる。この島に昭和天皇が行幸した折、出迎えたのが熊楠だった。その後、熊楠は御召艦「長門(ながと)」の艦上でご進講を行った。それこそが「孤高の天才」熊楠の一世一代の晴れ舞台だった。

文/伊東 潤

英雄メモ🖋

南方熊楠(みなかたくまぐす)[1867-1941]

博物学者、民俗学者。幕末、和歌山城下の金物商の次男として誕生。大学予備門を中退後、アメリカ、イギリスに渡り、ほぼ独学で動植物学を研究。大英博物館に出入りしながら同国の科学雑誌に寄稿した。1900年の帰国後は、和歌山で植物や変形菌類の採集・分類に没頭する一方、植物雑誌などに寄稿し、古今東西の膨大な知識と見識が評価された。日本産の粘菌種の全体像を明らかにしたほか、日本の民俗学に欠けていた歴史的観点を補訂したとされる。博覧強記、奇行の人としても知られる。


[南方熊楠記念館/南方熊楠顕彰館へのアクセス]
記念館へは紀勢線白浜駅からバス13分、臨海下車徒歩8分/顕彰館へは紀勢線紀伊田辺駅から徒歩10分

[観光の問い合わせ]
TEL:0739-42-2872(南方熊楠記念館)/TEL:0739-26-9909(南方熊楠顕彰館)

※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2025年4月号)
(Web掲載:2026年1月29日)


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