【天下取りの城へ】城郭写真家と旅する「美しき城」7選
但馬竹田城(兵庫県朝来市)
立雲峡(りつうんきょう)から撮影した雲海に包まれる竹田城。晩秋の頃、早朝の放射冷却により霧に包まれ浮かび上がる姿が美しくも儚(はかな)さを演出します。虎臥(とらふす)山の雄大な石垣は、豊臣政権下で赤松氏が築いたものと伝わります。春には桜のライトアップも楽しめます。
城は季節や時間帯により異なる表情を見せてくれます。町のシンボルとして人が集まる城、戦国時代の遺跡として数百年後に見つかった城、さまざまな城が歴史証人となって旅に誘いざないます。城郭写真家の畠中和久さんに、美しい城を案内してもらいました。

畠中和久(はたなか・かずひさ)
1978年、大阪府生まれ。城郭写真家として全国の城を撮影。お城EXPOフォトコンテスト審査員長。写真集に『Be revived』、日本城郭協会監修カレンダー『城JO』。
山中城(静岡県三島市)
豊臣秀吉の全国制覇へのクライマックスである「小田原攻め」の際、箱根口を防衛する北条氏の城として奮戦するも落城。土で形成された「障子(しょうじ)堀」が圧巻で、城の防御を固めます。春に咲く山桜の花びらを見て、ここで散った武士たちに思いを馳(は)せます。

大阪城(大阪市)
豊臣秀吉が本拠とした城を徳川幕府が全面改修しました。現在残る徳川の「大坂城」は、図らずもかつて秀長に仕えた藤堂高虎が縄張り(築城プラン)を行いました。日本最大の高さの石垣群や広大な水堀が残っており、徳川幕府の威厳を感じられるでしょう。

姫路城(兵庫県姫路市)
秀吉・秀長はこの城を拠点として西国攻めを行いました。織田信長が横死した「本能寺の変」直後の中国大返しでも重要な中継地となったようです。現存天守や櫓(やぐら)のみならず、敵の侵入を防ぐために屈折させた登城路や迷宮のような城内は、すべてが見どころです。

大和郡山城(奈良県大和郡山市)
秀長が紀州方面の攻略拠点として、筒井氏が築いた城郭を改修しました。晩年の秀長は、ここに在城してその生涯の幕を閉じたといわれています。本丸の石垣と天守台が整備され、迫力のある石垣や広大な空堀を見て楽しむことができます。

新府城(山梨県韮崎市)
武田勝頼が「長篠の合戦」敗北後に領国支配の強化のために築造するも、織田信長の侵攻で完成間近に放棄した城です。その後まもなく、勝頼は家臣の裏切りにより天目山で自刃(じじん)したと伝わります。防御装置「丸馬出し」や三日月形の堀が美しく整備されています。

和歌山城(和歌山市)
秀長が紀州支配の拠点として築城。江戸期は徳川御三家の一角・紀州徳川家の藩庁となり、幕末まで存続します。天守は米軍の空襲により焼失後、外観を忠実に再現して復元されました。桜・紅葉シーズンにライトアップされる天守など見どころが多いです。

文・写真/畠中和久
※記載内容は掲載時のデータです。
(出典:旅行読売2026年2月号)
(Web掲載:2026年2月23日)


Tweet
Share