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【天下取りの城へ】大和大納言と仰がれた秀長の知略に満ちた100万石の城 郡山城(1)

場所
> 大和郡山市
【天下取りの城へ】大和大納言と仰がれた秀長の知略に満ちた100万石の城 郡山城(1)

築城当時を偲(しの)ばせる追手向櫓(再建)。城跡そばのDMG MORI やまと郡山城ホール内に「大河ドラマ館」が26年3月2日にオープンする

秀吉の弟・秀長が豊臣政権の威信をかけて築いた郡山城

奈良盆地北部の大和郡山市に、大和国随一の規模を誇った城がある。秀吉の弟・秀長が豊臣政権の威信をかけて築いた郡山城だ。畿内統治の拠点として、秀長が入城したのは1585(天正13)年。四国平定の総大将として長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)を降伏させた功績で、大和、紀伊、和泉(いずみ)を合わせた100万石を与えられたのだ。

「大和は興福寺など寺社勢力が強大で、統治するのが困難な土地でした。地理的にも、ここは大坂城防衛の重要地。秀長さんは非常に難しい役割を担われたと思います」。ボランティアガイドの豊原雅裕さんが、豪壮な石垣を背にそう話す。

秀長が大規模に改修した郡山城は、関ヶ原の戦いで豊臣方の西軍が敗北した後に取り壊された。残存していた城郭建築も明治の廃城時に失われたが、崩れかけていた天守台は2013年から約4年かけて修復。その時の発掘調査で、豊臣政権期には高さ約15〜20メートルに及ぶ、5層の天守があったと推定されている。

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天守台には、野面(のづら)積みの石垣に転用石が多く見られる。展望台からは奈良盆地が見渡せる

昭和後期に再建された追手(おうて)門や東隅櫓(ひがしすみやぐら)を見学し、天守台の石垣をよく観察すると、転用石が使われているのが確認できた。石仏や五輪塔、寺院の礎石など、素人目にもよく分かる。中でも驚いたのが、地蔵を逆向きに組み込んだ〝逆さ地蔵〟だ。「奈良は石材が乏しいので、大量の石を集めるのは大変だったでしょう。平城京羅城門の礎石と言われる石もありますよ」と豊原さん。100万石にふさわしい城を築き上げようとする秀長の気迫と執念が伝わってくるようだ。

④追手門替え.jpg
追手門には豊臣家の家紋“五三(ごさん)の桐”が

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天守台から見た追手向櫓と東隅櫓。郡山城は「続日本100名城」にも選定されている

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「梵字(ぼんじ)が刻まれた石もあります」とボランティアガイドの豊原雅裕さん

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石垣の“逆さ地蔵”は有名な転用石の一つ。高さ約90センチの石仏が逆向きに(写真/大和郡山市)

天守台に立つと、若草山や平城京大極殿、薬師寺も望めた。天守の上から眺めたら、さらに壮観だっただろう。「秀長さんは人柄も温厚で、領民にも慕われていたようです。葬儀には20万人が参集したと記録が残っているんですよ」と豊原さんは話す。

各地の有力武将との調整役としても、優れた能力を発揮したという秀長。大和大納言と尊称された一方で、今もなお「秀長さん」と親しげに呼ばれているのも興味深い。

🏯お城豆知識

郡山城は1580(天正8)年に戦国武将・筒井順慶(じゅんけい)が築城。5年後、豊臣秀長が入城し大改修を果たした。江戸時代は徳川譜代大名の水野氏、松平氏、本多氏が城主を歴任し、1724(享保9)年に甲府藩の藩主・柳澤吉里(よしさと)が転封。柳澤氏は明治維新まで6代にわたり郡山藩を治めた。現在は桜の名所として知られ、「日本さくら名所100選」の一つ。

文/北浦雅子 写真/宮川 透

【天下取りの城へ】大和大納言と仰がれた秀長の知略に満ちた100万石の城 郡山城(2)へ続く


【モデルコース】

近鉄郡山駅
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郡山城跡
 ↓ 徒歩10分
箱本館「紺屋」
 ↓ 徒歩4分
本家菊屋 本店
 ↓ 徒歩17分
郡山金魚史料館
 ↓ 徒歩11分
近鉄郡山駅

<郡山城> 続100名城

■御城印:あり(800円〈写真〉と300円の2種。柳沢文庫ほかで販売)
■入城:自由 ※柳沢文庫は9時〜16時30分、月・第4火曜(祝日を除く)と年末年始、夏期休、その他臨時休あり
■交通:近鉄橿原線近鉄郡山駅から徒歩7分
■住所:大和郡山市城内町2-255
■問い合わせ:TEL0743-52-2010(大和郡山市観光協会)

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※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:旅行読売2026年2月号)
(Web掲載:2026年2月13日)


Writer

北浦雅子 さん

和歌山の海辺生まれで、漁師の孫。海人族の血を引くためか旅好き。広告コピーやインタビューなど何でもやってきた野良ライターだが、「旅しか書かない」と開き直って旅行ライターを名乗る。紀伊半島の端っこ、業界の隅っこにひっそり生息しつつ、デザイナーと2人で出版レーベル「道音舎」を運営している。https://pub.michi-oto.com/

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