【鉄道ひとり(一人)旅】コラム 「留萌本線」その歴史と功績に、ありがとう(フォト・ライター/矢野直美)
留萌本線は現在、石狩沼田-深川駅間で運行。この区間も2026年3月末まで、全線で廃線となる
日本有数の穀倉地帯と、ニシン漁で栄える沿岸を走った留萌本線
1910年の開通以来、地域の産業と発展を支え、人々から愛されてきたJR留萌本線(石狩沼田-深川駅間)が、2026年3月31日をもってその長い歴史の幕を閉じます。
かつて留萌本線は、北海道の内陸部に位置する穀倉地帯・深川から日本海沿岸の増毛(ましけ)までを結んでいました。全長66.8キロ、全通したのは21年11月5日のことです。
深川から留萌へ、これまでに何度も旅してきました。始発駅である深川を出発すると、列車は田園風景の中をひた走っていきます。緑萌(も)える季節から、辺り一面が銀色に染まる冬まで、いつ訪れても四季折々の美しい風景に出会えました。
沿線の恵比島(えびしま)駅は、NHKの連続テレビ小説「すずらん」(99年)のロケに使われた駅。ノスタルジックな木造無人駅は「明日萌(あしもい)」とドラマで使われた駅名がそのまま残され、ドラマをきっかけに復活したSL「C11-171」も、観光列車「すずらん号」として人気を集めました。

「すずらん」のロケ地となった恵比島駅。駅舎にはドラマでの駅名「明日萌」の看板がそのまま残された
私が初めてSLで留萌本線を旅したのが、この「すずらん号」です。シュッシュッと蒸気を吐き出し、煙をたなびかせる姿に、「本当に石炭と水で走っている」と驚きました。蒸気機関車なのだから当たり前と言ってしまえばそれまでですが、知識として知っているのと体感するのとでは大違い。漆黒の機関車の力強さと格好の良さに胸がときめきました。ガタンゴトンと揺れる客車に乗り、時々窓の外に広がる白と黒の煙を面白く感じながら、山あいに響く甲高い汽笛の音色に耳を澄ませる。思い出深い留萌本線の旅でも、それは特に印象的な記憶の一つです。
恵比島から峠を越えると、海沿いの町・留萌へ近付いていきます。新鮮な魚介類と夕日の町として知られる留萌から先は、車窓に日本海が見え隠れする海岸列車となります。晴天時には深みのある青色をした海が実に美しく、曇天の日や、日本海らしい高波が押し寄せる光景も絵になります。西日が差す時間帯になると列車も駅もすべてがオレンジ色の光に包まれ、そんな時はいつも、例えようのない旅情を感じました。

留萌駅の名物駅弁として人気だった「にしん親子弁当」。ニシンの甘露煮とカズノコという豪華な組み合わせは、その土地の歴史を伝える味でもあった
留萌-増毛の日本海ラインはニシン漁で栄えた歴史を持ちます。しかし時代の流れを反映するかのように利用客は次第に減少。2016年に増毛-留萌、23年に留萌-石狩沼田で運行を終了。石狩沼田-深川も、間もなく足を止めようとしています。
留萌本線がなくなっても、その功績は決して消えません。鉄道は町の発展を支え、沿線を背景にさまざまな物語や文化も生まれました。「すずらん」をきっかけに復活したSL「C11‐171」は、今も現役の観光列車「SL冬の湿原号」として道東の鉄道旅を盛り上げてくれています。
留萌本線に刻まれた思い出は、これからも歴史の中に、そして私たちの心の中に残り続けます。

留萌本線の終着駅だった増毛駅。現在も車止めと駅舎が残され、地域交流や観光スポットとして活用されている

現役時代の礼受(れうけ)駅。かつて車掌が勤務していた車掌室を無人駅として活用。増毛-留萌駅間では海を望む駅も多かった
文・写真/矢野直美

やの・なおみ
国内外を旅しながら写真を撮り、文章をつづる「フォト・ライター」。鉄道旅をこよなく愛することから「元祖・鉄子」の愛称でも呼ばれる。写真作品とエッセーを発表しながら、さまざまなメディアやイベントで活動。講演会、フォトコンテストの審査員も務める。著書に写真集『汽車通学』(メディアファクトリー)、『おんなひとりの鉄道旅』(小学館)など。作詞も手掛け「JNR to JR ~国鉄民営化30周年記念トリビュート・アルバム」(キングレコード)収録曲「人あかりの路」など。Webサイトは👉こちら
※記載内容は掲載時のデータです。
(出典:旅行読売2026年3月号)
(Web掲載:2026年3月25日)


Tweet
Share