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12年に1度の歴史絵巻「香取神宮式年神幸祭」

場所
> 香取市
12年に1度の歴史絵巻「香取神宮式年神幸祭」

発輿祭(はつよさい)から式年神幸祭は始まる。供奉者などの関係者で溢れる拝殿前

香取神宮の主祭神・経津主大神の東国平定伝説に由来するといわれる祭典

4月15、16日の2日間、香取神宮の「式年神幸祭」が行われた。12年に1度、香取神宮の主祭神である「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」の東国平定伝説に由来するといわれる祭典。御神輿(ごしんよ)を中心に、時代装束や甲冑姿の供奉者(ぐぶしゃ)約3000人が行列を組み、香取市内を2日間に渡って巡幸する。

香取神宮の式年神幸祭に関する記録は古い。「香取神宮神幸祭絵巻」として現存する史料によると、その祖本が鎌倉時代には存在していたことが示されており、約800年以上の歴史があるとされている。江戸時代には一時衰微したが、明治に再興されてからは「神幸軍神祭」の名で行われてきた。

4月15日午前8時30分、黒漆が光り輝く香取神宮の拝殿周辺に、色鮮やかな装束や甲冑姿の供奉者たちが集まった。2日間にわたる神事の始まりを神前に報告し、道中の安全を祈願する「発輿祭/召立(はつよさい/めしたて)」から式年神幸祭は始まる。地区名と役職、氏名を呼ばれた供奉者が「オー」と返事してから進み出て、行列を整え出発していく。供奉者たちの装束が参道の新緑に映える。約3000人の大行列。最後尾が神宮を出るまで1時間以上かかった。

召立(めしたて)では、神職により供奉者の地区と役職、名前が読み上げられる
行列の出発を待つ「おらんだ楽隊」の供奉者
拝殿前を出発する供奉者たち

宮司は馬車に乗って行列に参加

色鮮やかな装束で行進する「おらんだ楽隊」

門前の商店街を進む神幸行列

神宮の境内を出発した行列は、最初の中継地である津宮地区の神道山(しんどうやま)で「神道山駐輦祭(しんどうやまちゅうれんさい)」を執り行った後、利根川河岸の鳥居河岸へ。かつて、船で香取神宮を詣でた時代の上陸地だ。江戸時代に大流行した鹿島神宮、息栖神社と併せて参る「東国三社参り」では、人々は利根川を船で移動し、銚子まで旅していたという。

午前11時30分、堤防上の多くの観客に見守られながら、「鳥居河岸駐輦祭」を執り行った後、御神輿は御座船(ござせん)に乗せられ利根川へと進む。想像上の水鳥「鷁(げき)」の飾りを船首に付けた御座船は、「鷁首船(げきしゅせん)」とも呼ばれている。船上では「水上祭」の後、「鹿島神宮御迎祭」が執り行われた。鹿島神宮の神職が船を仕立てて御座船を出迎え、神幸祭を祝う。今年9月に行われる鹿島神宮の「御船祭(みふねまつり)」では、今回とは反対に、香取神宮の御迎船が鹿島神宮の御座船を出迎える。

鳥居河岸から御座船に乗せられる御神輿
 
御座船の船首には「鷁(げき)」の飾りが施されている

鳥居河岸を出発する御座船

午後2時30分、佐原河川敷に上陸した御神輿と供奉者たちは「小御門神社御迎祭」を経て、再び行列を整え、「小江戸佐原」の町へと向かった。小野川沿いの伝統的建造物群保存地区を進む行列は、まるで歴史絵巻だ。

行列からお囃子のような、行進曲のような音楽が聞こえてきた。「おらんだ楽隊」だ。千葉県指定の無形民俗文化財。幕末から明治初期に、古来の神楽に洋楽を取り入れてできた音楽。奏者たちは揃いの着物にぶっさき袴、緋色の陣羽織をはおり、手甲脚半に鉢巻、腰には太刀を差す。列は旗、大太鼓、小太鼓、横笛の順に続く。思わず、幕末の軍楽隊を想像してしてしまった。

上陸後、行列は佐原の町中を進む
 
 

午後5時前、行列は佐原の御旅所に到着。「御旅所着輿祭(おたびしょちゃくよさい)」を執り行い、御神輿はここで一晩を過ごした。翌16日、行列は佐原の町から諏訪神社、八坂神社を巡り、香取神宮へと戻り、2日間の祭典は幕を閉じた。

12年に1度執り行われる香取神宮の式年神幸祭。その行列は、人々が守り続けてきた歴史と文化の結晶のようだった。

御旅所に到着した御神輿
 

香取神宮

※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(Web掲載:2026年4月17日)


Writer

旅行読売出版社 メディアプロモーション部 さん

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