【温泉は人生の句読点だ!】乃木将軍が愛した温泉 大丸温泉旅館<那須塩原温泉郷・栃木>
まるで川のような露天風呂? いいえ、「川のような」ではなくて、本当に温泉の川なんです。それをせき止めて露天風呂にしちゃったという、型破りな温泉なのだ

プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。
乃木将軍が愛した温泉とは、いったいどんな温泉なの?
那須温泉郷の奥地に、あの「乃木将軍」こと乃木希典※(まれすけ)が愛してやまなかった温泉があるっていうんですね。乃木将軍っていえば、日露戦争で旅順の難攻不落の要塞を陥落させて勝利に導いた、明治時代を代表する軍人だ。「聖将」と仰がれた乃木将軍の人柄は、寡黙で実直、質実剛健、規律と忠義を重んじ、自分に厳しく、部下にも厳しいが情もあり、多くの人から慕われた。そしてなによりも質素な生活を重んじて、高官になっても贅沢(ぜいたく)をせず、継ぎはぎだらけの軍服を愛用していたという徹底ぶりで、その後、学習院の院長となってからも、学生たちに「質素であること」を身をもって教えていたのだという。明治天皇が崩御したときは、彼は主君を追いかけるように自ら命を絶ってその生涯を終わらせた。まさに武士道精神の体現者のような人だった。
さて、そんな乃木将軍が愛した温泉とは、いったいどんな温泉なのだろうか?
そりゃあ、アナタ、なんてったって乃木将軍ですからねぇ。質実剛健で、なによりも質素であることをあれだけ重んじていた人ですから、温泉だってゴージャスとは真逆で、露天風呂のようなシャレたものはなく、飾り気のない地味な内湯がポツンとあるだけ。でも、地味でありながらもその湯はきらりと光るものがあり、ジョボジョボと静かに源泉がかけ流されていて、その湯につかると、決してインパクトのある湯ではないものの、だんだんと、しみじみと湯の良さがわかってくるような、なんていうか〝足るを知る〞ような温泉……。そんな感じではないだろうか。いや、ぜったい、そうに違いない。だって、乃木将軍だもの。武士道精神の体現者だもの。
※乃木希典(1849~1912年)……明治時代の軍人。陸軍大将。西南戦争、日清戦争に従軍。日露戦争では第3軍司令官となり、旅順を攻略。明治天皇の国葬の日、妻とともに自刃した。
なんという乃木将軍ギャップ!
大丸(おおまる)温泉旅館は茶臼岳の中腹、標高1300メートルの山間に立つ、風格のある宿である。創業はなんと江戸時代の安政年間(1855〜60年)。今でこそ改装や増築を経て立派になったが、乃木将軍が泊まっていたころは、簡素で質素な湯治宿だったそうだ(うんうん、それでこそ乃木将軍だ……)。彼が愛した湯は現在「川の湯」と呼ばれ、今も入浴できる(ん? 川の湯? 川を眺められる風呂なのかな? なるほど、きっと質素でありながらも野趣に富んだ内湯ってことなんだろうなぁ。さすがは乃木将軍だ……)。
「川の湯」は男性用の大浴場を抜けた先の外にある(え? 外? 内湯じゃないってことっすか……?)。浴室の奥にある扉を開けたあなたはきっと驚くに違いない。
目の前には、思わずおお〜と声を上げてしまいそうな大きな露天風呂が広がっていて、源泉が川のように激しくザバザバと流れ込んでいるのである(え? なんだこれは? こんなの見たことがない。乃木将軍、どーいうことっすか……?)。

ものすごい勢いで源泉が流れ込んでいくさまは、テンションも爆上がりするよ!
それもそのはずだ。なんとこの「川の湯」は、〝温泉の川〞をせき止めて露天風呂にしているのだから。どういうことかというと、大丸温泉旅館の裏山には複数の源泉が湧き出しており、それらが1本の川となって流れ、「川の湯」の〝源流〞になっているというのだ。なんという豪快さ。なんという贅沢さだろう(おいおいおいおい! 乃木将軍! 話が違うじゃないっすか! いったいこの湯のどこが質素なんすか! 誰だよ? ジョボジョボと静かに源泉がかけ流されていてとか言ってたヤツは?)。
特筆したいのが「川の湯」の浴感である。なんてったって、〝温泉の川〞に身を沈めるわけだから、常に湧きたての鮮度抜群の源泉が全身を包み、そして流れていくのである。悪いわけがないっていうか、これ以上の極上はないだろう(もぉ〜乃木将軍! 毎年のように大丸温泉旅館に連泊してたっていうじゃないですか。いっつも、こんな贅沢な思いをしてたんすか! ひゃ〜!うらやましぃ〜っす!)。
そう、乃木将軍が愛した温泉はかくの如(ごと)く豪快で贅沢極まる温泉なのであった。あれほどまでに質素を重んじた乃木将軍のイメージとの、なんという激しいギャップであろうか。ぜひ読者のみなさんにも大丸温泉旅館のワンダフルな「川の湯」で、この素晴らしき「乃木将軍ギャップ」を大いに味わってもらいたい。〝温泉の川〞につかるなんて、なかなかできる体験ではない。乃木将軍だってこの川の湯につかりながら、オレだってさぁ、普段は質素に徹しているんだからさぁ、たまにはこんな贅沢しちゃってもいいじゃんねぇ?って、ほくそ笑んでいたに違いない。ぜったいそうだ。
え〜、さて、今回のエッセイ、最後はお詫びで締めたいと思います。
乃木将軍、あることないこと好き勝手に書いてしまい、まことに申し訳ございませんでした! 決して悪気はございませんので……。

乃木将軍が泊まりに来ていたころは簡素な湯治宿だったが、露天風呂は当時から〝川〞だった!
文・写真/岩本 薫
♨今月のひなびた温泉
大丸温泉旅館 (那須塩原温泉郷・栃木)
◎料金:1泊2食1万8700円〜、日帰り入浴1300円(11時30分〜15時/無休)
◎泉質:単純温泉
◎アクセス:東北新幹線那須塩原駅からバス1時間10分、大丸温泉下車すぐ/東北道那須ICから19キロ
◎住所:栃木県那須町湯本269
◎TEL:0287-76-3050
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2026年6月号)
(Web掲載:2026年6月24日)

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