「令和元年」万葉ゆかりの地を彩った朗唱、ラッピング電車、火文字の祭典(2)
「令和」がスタートした5月1日、高岡市の坂下町臨時停留場に展示された「令和」号の後方を、高岡御車山祭の山車(やま)が通った
富山県高岡市と射水市を走る路面電車「万葉線」では、5月1日から新元号を記念したラッピング電車「令和」号の運行を開始した。
この日は、高岡御車山祭が行われ、坂下町臨時停留場に展示された「令和」号の後方を)「御車山」と呼ばれる山車(やま)が通過する、珍しい光景が見られた。
万葉線は「万葉のふるさと」にちなみ、2001年に「万葉」を冠した唯一の鉄道として開業した。沿線には、高岡市藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー、高岡古城公園、新湊きっときと市場、海王丸パークなど観光名所が多い。「令和」で、万葉線の知名度が全国的に上がったのは間違いない。
「令和」ブームで来館者が増えた高岡市万葉歴史館
新元号「令和」発表で、今年4月、高岡市万葉歴史館の来館者は例年の4倍以上に増加。「令和」スタートの5月1日から6日までは、万葉衣装を着て館内見学ができる企画を実施。「梅花の宴」をイメージした撮影スポットも設け、多数の人々が記念撮影をした。
「梅花の宴」再現模型のある大宰府展示館にも来館者が詰めかけた
「令和」ブームで、福岡県太宰府市の大宰府展示館にも来館者が詰めかけた。ここには「梅花の宴」の再現模型があるからだ。大宰府天満宮の門前町も観光客であふれた。
万葉の里・東広島市安芸津町で「万」の火文字が復活
万葉集の時代に東広島市安芸津(あきつ)町の「風早(かざはや)の浦」は、荒天からの船の避難場所で、その名を詠みこんだ歌が残っている。
その万葉の里・安芸津町で毎年秋、2日間にわたって行われる「火とグルメの祭典あきつフェスティバル」の名物は、地元の保野(ほの)山に登場する万葉の「万」の火文字。メイン会場では、「万葉の里」特産のカキやジャガイモなども使ったグルメコーナー、ステージ(郷土芸能、バンド演奏、歌謡など)が設けられる。
2018年は西日本豪雨のため、保野山山頂への林道が通れなくなり、中止になった。その林道も復旧。2019年(令和元年)11月9日~10日にフェスティバルは復活開催された。
11月9日夜、「万」の火文字が夜空の下、保野山の山頂近くに登場した。
山上の73個の火床に積まれた薪に松明で火がつけられ、縦110メートル、横58メートルの巨大な火文字が出現したのだ。
「風早の浦」は昔、荒天を避け、水や食料を補給するのに重宝した場所だったようだ。
東広島市安芸津町の風早地区にある祝詞山(のりとやま)八幡神社の石碑には「風早の浦」を詠み込んだ万葉集収録の歌が刻まれている。
石碑の横には、万葉集の時代をテーマにした陶板壁画が設置されている。
京都の大文字焼き(五山送り火)を研究し、「万」の火文字イベントを推進してきたのは東広島市安芸津町観光協会会長の土居則行さん。「火文字が復活できてよかった。これからも、万葉ゆかりの地の歴史を振り返るイベントとして続けていきたい」と話している。