【駅弁】100年前から販売 こってり甘辛、壺屋弁当部「稲荷寿し」
人気の三色稲荷寿し。甘くてジューシーな油揚げに、酢飯だけのもの、わさび菜をまぜたもの、ちりめん山椒をトッピングしたものの3種が入る。紅ショウガ付き
艶やかな茶色に輝く油揚げの味の決め手は?
建物の中に一歩入ると、しょうゆと砂糖の甘辛い香りが漂ってくる。100年以上にわたって「稲荷寿し」を作り続ける、愛知県豊橋市の壺屋弁当部。 社長の松尾浩志さんが「今、ちょうど油揚げを炊いているところです」と案内してくれた。
稲荷寿しの駅弁と言えば豊橋の壺屋、と名を挙げるファンも多い。その味と人気の秘密を探るために製造元を訪れたが、並んだ大鍋で炊き上げられる油揚げの量に圧倒される。
「今日1日で炊くのは7000枚ですね」
油揚げは1枚を半分に切って使うから、稲荷寿し1万4000個分である。坂口豆腐店の油揚げ、イチビキのしょうゆなど、地元のものを中心に使うが、「材料に強いこだわりがあるわけではないんです。稲荷寿しはそもそも、庶民の食べ物ですから」と松尾さん。
では、味の決め手は何なのか。製造工程を追うと、その答えが見えてきた。油揚げはまず、熱湯で油抜きをする。しょうゆとザラメ、上白糖で作ったタレでさっと煮たあと、秘伝の煮汁を加えて40分〜50分、大鍋の中で泳がせる。油揚げに色と味がしっかり付いたらザルにあげる。油揚げの内側がくっつかないよう、温かいうちに1枚1枚開き、ほどよく汁気を絞っておく。
丁寧な手作業を経た油揚げに酢飯を詰めて完成した稲荷寿しは、濃く艶(つや)やかな茶色に輝いていた。
昔ながらの味を守りながら新作の稲荷寿しも誕生
ひと口食べると、甘辛い油揚げのインパクトが絶大。「この辺りの人は、しょうゆと砂糖で煮しめた味が好きだから」と松尾さん。そして「保存のためもありますね。駅弁は長時間販売するもの。昔は糖度を上げて、日持ちをよくしたわけです」と続けた。
壺屋が豊橋駅での営業を始めたのは、明治の中頃の1889年。「稲荷寿し」の販売は明治末期に始まった。現在、豊橋駅構内の売店は5か所。100年前に思いを馳せるなら、「稲荷寿し」がいい。油揚げに酢飯のみが入った、昔ながらの味が楽しめる。
駅のみでの販売であれば、壺屋の「稲荷寿し」はこの1種だったかもしれない。人気の「三色稲荷寿し」の登場は2001年。同年、壺屋は名古屋栄三越に出店した。「デパートに出す際、品数を増やそうと色々試しました」と松尾さん。
「三色稲荷寿し」ならわさび菜やちりめん山椒、「ちくわ稲荷寿し」なら揚げたちくわやうずらの卵の薫製をトッピング。主張の強い油揚げが、さまざまな具材と引き立て合う。2007年に出店した日本橋三越本店では、多彩な稲荷寿しを単品で買える。
壺屋は初代が豊川稲荷の熱心な信者だったことから、稲荷寿しを製造するようになったという。豊川稲荷までは、豊橋駅から飯田線で約15分。壺屋の「稲荷寿し」を食べ、豊川稲荷にお詣りする、そんな鉄道旅もおすすめだ。
文/内山沙希子 写真/三川ゆき江