紅葉に染まる湖畔や渓谷を歩く
鳩ノ巣渓谷に架かる鳩ノ巣小橋の周辺は人気の紅葉スポット(写真/「ふるさと奥多摩」写真コンクール・奥多摩町長賞 山﨑惇夫「渓谷の秋」)
湧水生かす奥多摩わさびが特産
東京都北西部に広がる奥多摩町は、町の全域が秩父多摩甲斐国立公園に含まれる。町の約94%が山林で、多摩川の上流部でもあり水のきれいな渓谷が多い。
河畔に遊歩道を整備した場所が多く、大多摩ウォーキングトレイルもその一つ。青梅線の奥多摩-古里(こり)駅間の4駅沿いに延びる8.2㌔の散策ルートで、今回は奥多摩駅を起点に古里駅の一つ手前の鳩ノ巣駅まで、約4.8㌔を歩くことにした。
奥多摩駅前にある奥多摩観光協会で、まず散策地図をもらおう。見どころやトイレの場所、分岐点の目印などが書かれ、大変に役に立つ。
駅前から海沢(うなざわ)の集落までは、民家が並ぶ都道184号沿いを歩く。都道とはいえ、山間部のこと。車の往来は少なく、路線バスも週末で1日4本のみ。シジュウカラかヤマガラか、野鳥の声が山峡に響く。
途中、ワサビの製造・販売をする山城屋に立ち寄った。田畑に不向きな傾斜の多い奥多摩だが、湧水の豊富な地の利を生かし昔からワサビ栽培が盛んで、“奥多摩わさび”と称し特産になっている。江戸時代には将軍家へ献上もしていた。
山城屋は江戸末期に栽培を始め、大正期から加工品も販売。生ワサビ、本わさび漬、葉わさび佃煮など、常時15種ほどが並ぶ。
「丸みを帯びた伊豆のワサビと違い、奥多摩わさびは細長く辛みが強いんです」と専務の金子幸弘さん。左党には、おろしワサビの焼酎割りもおすすめという。
見上げる一面に紅葉
海沢の信号を左折し、数馬峡遊歩道方面へ向かう。緩やかな上り下りを繰り返し、杉木立や竹林を抜け、4、5㍍はあった道幅は次第にすれ違うのがやっとの細道となり、川と付かず離れず木立の中に延びる。
昼間でも薄暗いほど木々が生い茂り、見上げるとヤマモミジ、ヤマウルシ、コナラと思われる木々の葉が頭上一面に広がっている。日に透けて葉の形状がくっきりと浮かび、葉脈(ようみゃく)まで見て取れる。例年10月下旬から赤や黄に色付き始め、日に透ける色彩を楽しませてくれる。
水面に映る木々の彩りに感動
数馬峡橋をくぐると、道なりに白(しろ)丸(まる)湖畔遊歩道へ続く。左下数㍍を清流が流れ、次第にその川幅が広がり、最大で横幅100㍍ほどの白丸湖となる。正式には「白丸調整池」といい、少し下流にある白丸ダムでせき止められてできた。
カヌーを楽しむグループが手を振ってくれた。エメラルドグリーン色の水面にたゆたう姿は、どこか優雅。「難しいですか~」と叫ぶと、「水上から渓谷を見渡せて最高~」と女性が応えてくれた。
河畔に茂るイタヤカエデやオオモミジは枝葉を水辺に張り巡らせ、その姿を水面に映す。秋は赤も茶も黄色も入り混じり、水上からの眺めは特に感動的だろう。
「数年に1度、豪雨の後の白丸湖は真っ白になり幻想的です。上流部で採掘している石灰が流れ込むんです」と、何百回もここを歩いている奥多摩観光協会の矢作(やはぎ)佑允さんの話を思い出した。紅葉シーズンであれば、さらに美しいことだろう。
荒々しい断崖の紅葉に迎えられ
この先、高さ約30㍍の白丸ダムがあり、アユやヤマメなどが上流へ遡上(そじょう)できるよう魚道(ぎょどう)も造られている。落差約30㍍の魚道は日本最大級で、一部は見学できる。タイミングが合えば、魚が上ってくる様子を見られるかもしれない。
ダムより下流部は鳩ノ巣渓谷遊歩道となる。ここまで木々のトンネルの中を歩くようだったが、鳩ノ巣渓谷は切り立つ断崖が500㍍ほど続き、巨岩や奇岩に清流がぶつかり、飛沫(しぶき)をあげ水音を響かせている。
急ぐことはない。時に立ち止まり、時に岩場に腰掛けて視線を断崖の上へ向けてみよう。断崖から突き出すひさしのように木々が茂り、秋には紅葉の木々が艶(あで)やかな姿で迎えてくれる。ここが東京であることを、きっと忘れてしまうことだろう。
<問い合わせ>
奥多摩観光協会
TEL:0428-83-2152
(出典「旅行読売」2021年10月号)
(ウェブ掲載2021年11月9日)