【鉄道開業150年】名作は鉄道とともに……
汽車で始まり汽車で終わる「東京物語」
映画は1895年12月28日、フランスのリュミエール兄弟によって“発明”された。兄弟の最初期の1本に「ラ・シオタ駅への列車の到着」がある。蒸気機関車が駅のホームへ入ってくるだけの記録映像だが、近づいてくる汽車を見て、観客は叫び声を上げて逃げ出したと伝えられている。
映画は誕生から、鉄道とともにあった。そして、その後も……。日本映画の名作に登場する鉄道の名場面を振り返ってみよう。
出会いと別れ。その舞台には鉄道がふさわしい。戦時下の昭和19年。少年は母とともに、東京から夜汽車で疎開地の富山へ向かった。「少年時代」(1990年)は、少年がそこで出会ったガキ大将との友情と葛藤を情感豊かに描く。やがて戦争が終わる。東京へと帰る少年を乗せた満員の汽車を、ガキ大将があぜ道を走って追いかける。いつまでも窓から手を振る少年。井上陽水の名曲が流れる。柏原兵三の小説『長い道』とその漫画化である藤子不二雄Ⓐの『少年時代』を原作とした、篠田正浩監督の忘れがたい感動作である。
小津安二郎の「東京物語」(1953年)も、汽車で始まり汽車で終わる。広島の尾道に住む周吉ととみの老夫婦は、子どもたちを訪ねて汽車で東京へ旅をする。だが子どもたちは忙しく、どこにも夫婦の居場所はなかった。帰路で体調を崩したとみが他界。尾道で葬式が行われるが、子どもたちはさっさと帰ってしまう。ひとり残ったのは、原節子が演じる戦死した次男の妻・紀子だった。やがて紀子にも帰る日が来る。彼女を乗せた汽車が、尾道ののんびりとした風景の中を走る。汽笛を聞きながら、残された周吉は途方に暮れる。名優・笠智衆(りゅうちしゅう)演じるその横顔で映画が終わる。汽笛の響きが何とも寂しく、耳に残る。
「道行き」の列車もある。女性映画の名手・成瀬巳喜男(みきお)の「乱れる」(1964年)では、夫を亡くした後も家業を切り盛りしていた女性が、夫の弟から愛を打ち明けられる。困惑した女性は家を出て実家に帰ろうと列車に乗る。彼女を追って義弟は同じ列車に乗り込む。列車の中で2人は距離を縮めていく。何度も席を変えながら、次第に2人が近づいていく演出が見事だった。ついに2人は途中下車し、銀山温泉の宿に向かう。その先には悲劇が待っていた。女性を高峰秀子、義弟を加山雄三が演じた。
「天国と地獄」「砂の器」……サスペンスの舞台
列車はサスペンスの舞台でもある。黒澤明の「天国と地獄」(1963年)には、映画史に残る名シーンがある。誘拐事件の身代金の受け渡しに、特急こだまが使われる。新幹線の開通は1964年で、当時のこだまは「ビジネス特急」だった。犯人は金の入ったカバンを走るこだまの窓から川へ投げろと指示する。特急の窓は開かない。だが、洗面所の窓だけが7センチ開いたのである。
野村芳太郎の「砂の器」(1974年)には、列車の窓から白い布きれをまく“紙吹雪の女”が登場する。彼女は愛人の犯罪の証拠を隠すため、血染めのシャツを細かく切ってまいたのだ。薄幸な女性役は先日亡くなった島田陽子。彼女の代表作の一つになった。
大林宣彦の「異人たちとの夏」(1988年)では、妻子と別れた孤独なシナリオライターが、地下鉄で不思議な体験をした後、浅草で子どもの頃に死んだ両親と出会う。地下鉄は、この世とあの世をつないでいた。
2000年代で鉄道が最も印象的だったのは、庵野(あんの)秀明が総監督を務めた大ヒット作「シン・ゴジラ」(2016年)だ。無敵の巨大怪獣を倒したのは、“無人新幹線爆弾”と“無人在来線爆弾”だった。爆弾を載せた新幹線や山手線、東海道線などの車両が、次々とゴジラに突っ込んで自爆する。普段よく乗っている電車たちが、犠牲になって人類を守る姿に胸を打たれた。この作品に至って、鉄道は「舞台」ではなく、ついに自らヒーローとなったのである。
文/小梶勝男 イラスト/はるのいづみ
(出典:「旅行読売」2022年9月号)
(WEB掲載:2022年10月27日)