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【ミニシアターのある町】雁木通りに残る築100年の劇場の記憶 高田世界館

場所
  • 国内
  • > 北陸・中部・信越
  • > 新潟県
> 上越市
【ミニシアターのある町】雁木通りに残る築100年の劇場の記憶 高田世界館

板張り天井と家紋の意匠や、赤で統一されたイスが特徴的な館内。イスの一部は閉館した映画館から譲り受けた

 

雪国の雁木通りに残る国内最古級の映画館

雪深い土地柄で知られる新潟県上越市の市街地には「雁木(がんぎ)」と呼ばれる町家の木造アーケードが残っている。今から10年ほど前、その雁木通りの一角に新しい映画館ができた。

正確には、成人向け映画館が名前を変え、ミニシアターとして再生したのだが、上京する10代後半までこの町で過ごした筆者の感覚としては新しい映画館の誕生と同義だった。あの頃、成人映画の看板を横目で見ながら通り過ぎるだけで、その奥にどんな建物があるのか知る術(すべ)はなかった。納屋(なや)の奥深くにしまわれていた骨董(こっとう)品が価値の分かる人の手で直され、日の目を見たような印象がある。

雁木通りにある高田世界館の入り口。建物はこの左奥、長いアプローチの先にある
修繕された建物。通りから奥まった所にあり、手前にあった建物が壊されて初めて見たという人も多い

初めて入る館内は、高田藩主榊原(さかきばら)家の家紋をデザインに取り入れた板張り天井の下、古代ギリシア建築の列柱を模した意匠の壁、木製イスが並ぶ2階席など、今の映画館では見られない古風な「劇場」という感じがした。1950年代製の映写機が並ぶ映写室もノスタルジックだ。現在はデジタル映写機を導入しているが、年に数回フィルム上映も行う。

2階席からスクリーンを見る。ステージがあるので落語会や音楽会のイベントにも使用。音響設備は新型だ
映画「シグナル」の撮影地にもなった映写室ほか館内は500円で見学可(映画を鑑賞した人は300円) ※掲載時のデータです

再生には幸運と情熱が重なった。擬洋風建築の建物は明治後期の1911年、芝居小屋「高田座」として建てられた。当時の旧高田市は、日露戦争後に誘致した陸軍第13師団の司令部が置かれ、それを受けて様々な建物が建てられた活気のある時期だった。その後、芝居小屋は常設映画館「世界館」になり、配給会社が変わるたびに「高田東宝映画劇場」「高田松竹館」などと名前を変えた。75年、最後に「高田日活」となり、日活のロマンポルノ路線に合わせて成人映画館に。私が知るのはこの最終段階だ。

分岐点は2007年。中越沖地震が起きて屋根瓦の破損による雨漏りが始まり、高額な修繕費から前オーナーは閉館と建物の取り壊しを検討した。その話を聞いた有志らがNPO法人「街なか映画館再生委員会」を組織して2年後に譲り受け、名前を「高田世界館」に変えて存続が決まった。この年、国の近代化産業遺産に認定。募金活動に始まり、市や企業からの助成金もあり、外壁やイスの修繕など再生が進められた。

上映作品のフライヤー

約100年前の映画館がそのまま存在していたこと自体が幸運だった。前述のNPO法人委員長の岸田國昭さんは「競争のない成人映画配給の日活と繋がったのが良かったようです。映画の性格上、旧式の映写機と設備で運営が可能でした。また、完全な個人経営で、映写技師さんを1人パートで雇い、常連さんを相手に細々と営んでいたようです」。旧オーナーとは、市街地活性化で映画館を貸し切り、落語会などを開いていた縁だった。

多くの地方都市と同様に、映画産業の衰退や中心部の空洞化とともに、町なかに複数あった映画館はなくなるか、郊外に移っていったが、高田世界館だけは100年を超えて生き残った。

 

ここでしかできないユニークな「映画館体験」

高田世界館では国内外の新作や名作を上映している。この日は、北アイルランドの男子小学校の哲学の授業風景を映すドキュメンタリー映画「ぼくたちの哲学教室」を見た。北アイルランド紛争でプロテスタントとカトリック教徒の対立が長く続いた地で、魅力的な校長が生徒たちと対話を繰り返す。

上映作品を決める支配人、上野迪音(みちなり)さんは、横浜の大学で映画論を学んだ後、2014年に地元に戻り、この映画館で働き始めた。上野さんが支配人について以降、不定期上映から毎日上映するスタイルになり、名実共に映画館として再出発した。

「コロナ禍前よりお客さんは増えました」と支配人の上野さん
国内外の作品を上映。ゴダール、坂本龍一ら映画関係者の追悼上映も

「映画は言葉、食文化、音楽など世界を知るためのツール。映画館は映画文化に触れる場所であり、地元に文化的な土壌を定着させたい」と上野さん。「特徴のある空間だからこそ、ここでしかできない〝映画館体験〟を高めていく」ことで生き残りを図る。例えば、〝マサラ上映〟はインド映画の上映中、紙吹雪や鳴り物、ダンスで盛り上がる。それが遠方の観客を呼ぶ名物となり、「マサラツーリズム」と名付けて地元の観光振興にもなっている。

また、イタリア映画の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」の上映は、映画館を舞台にした物語とレトロな建物がリンクする。どちらも大盛況の企画という。「建築として残していくためにも映画を上映していく」と語る上野さんも、前出の岸田さんもUターン組なのは偶然ではない。外から見るからこそ、わかることがある。

「祖父や父が生きていた時代からある映画館。その空間に身を浸しながら映画を見たかった」

新潟出張の帰りに寄ったという、神戸から来た観客の言葉に共感を覚える。隣にカフェができたり、前の空き地がコミュニティスペースになったり、郊外化で寂れた町なかに活気が生まれている。その中心に、「一周回って新しい」(上野さん)、国内最古級の映画館がある。

文/福﨑圭介 写真/小熊文子ほか

 

映画館の入り口

あわせて寄りたい施設

瞽女ミュージアム高田

盲目の女性旅芸人で、20世紀に最後まで残っていた高田瞽女(ごぜ)の資料館。雁木通りの町家を改装した建物に写真や斎藤真一の絵画を展示。DVD、CD、本も販売。高田世界館から徒歩4分。

■10時~15時45分/ 土・日曜のみ営業/500円/高田駅から徒歩10分/TEL025-522-3400

※掲載時のデータです。

大町通りの雁木と町家の町並み。高田世界館は、二筋西側の本町通りにある

高田世界館

【スクリーン数】1(180席)
【定休日】火曜休
【入場料】1700円(シニア1200円、水曜1300円、平日17時以降1400円、連続鑑賞割引1100円)
【交通】えちごトキめき鉄道高田駅から徒歩6分
【住所】上越市本町6-4-21
【問い合わせ】TEL:025-520-7626

(出典:旅行読売2022年9月号)
(Web掲載:2023年9月29日)


Writer

福崎圭介 さん

新潟県生まれ。広告制作や書籍編集などを経て月刊「旅行読売」編集部へ。編集部では、連載「旅する喫茶店」「駅舎のある風景」などを担当。旅先で喫茶店をチェックする習性があり、泊まりは湯治場風情の残る源泉かけ流しの温泉宿が好み。最近はリノベーションや地域再生に興味がある。趣味は映画・海外ドラマ鑑賞。

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