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【私の初めてのひとり旅】酒井順子さん 金沢(1)

場所
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> 金沢市
【私の初めてのひとり旅】酒井順子さん 金沢(1)

(撮影/洞澤佐智子)

 

さかい じゅんこ [エッセイスト]

1966年、東京都生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表し、大学卒業後、広告代理店勤務を経て執筆専業に。2003年に発表した『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞と婦人公論文芸賞を受賞。著書は『家族終了』『ガラスの50 代』『百年の女「 婦人公論」が見た大正、昭和、平成』など多数。鉄道旅好きで『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』などもある。

 

「ひとりで都内の電車に乗ることもおぼつかなかった私」

生まれながらの鉄道好きは、小学生のうちから、ひとりで列車に乗りに行くのだという。対して小学生時代の私は、ひとりで都内の電車に乗ることもおぼつかなかった晩生タイプ。

父が買ってきた宮脇俊三著『時刻表2万キロ』を中学時代に読み、「こんな世界があるのか!」と感動したことによって鉄道好き、というより鉄道紀行好きになったのだ。

そんな私が初めての鉄道ひとり旅をようやく計画したのは、高校3年の最後の春休み。高校生のうちにトライしておこうではないか、と思い立った。

大学入学を前に浮かれていた私は、卒業旅行に計3回行った。まずは、先生も含めクラスのほとんど全員で、伊豆の温泉旅館へ。次は仲良しグループで、山中湖のペンションへ。女子校だったので、女だけでキャーキャーと旅行を楽しみ、別れを惜しんだ。そんな卒業旅行の仕上げとして私はひとり旅を計画したのであり、行き先は金沢である。

当時、私は五木寛之(いつきひろゆき)ブームの只中(ただなか)にいた。東京で生まれ育ち、日本海側に行ったことがなかった私は、五木作品にしばしば登場する金沢に憧れていたのであり、金沢に行ったら、しっとりした大人の世界に触れられるのでは、と思ったのである。

兼六園の冬の風物詩「雪吊り」(写真/ピクスタ)

「北陸新幹線のない当時、金沢は遠かった」

北陸新幹線のない当時、金沢は遠かった。自分で時刻表を眺めてルートを決定する能力をまだ持たなかった私は、国鉄(当時)と宿がパッケージになっている商品のパンフレットを眺めて、適当な1泊2日のコースを選んだのだった。

まずは新幹線で、米原(まいばら)へ。初めて下車する米原駅で、「のりかえ」などという高度な技術を、果たして自分が使うことができるのか。ドキドキしながら米原駅で下車した私は、何とか特急しらさぎに乗車した。

どう車窓を楽しんだのかはすっかり忘れたが、無事に金沢駅に到着した私がまず目指したのは、兼六園(けんろくえん)である。金沢で私が最も見たかったのは、雪の兼六園の樹木に雪吊りが施されている、という景色。おそらくはテレビか何かで見たことがあったのだろう。

しかし、その時の金沢に、雪はなかった。4月も間近という時期なので、当然といえば当然。街中に雪がないということは兼六園にも雪はないことが予想されたが、一縷(いちる)の望み
をかけて行ってみると、雪吊りはまだ残っていたものの、やっぱり積雪は0センチ。

女子高生に日本庭園の妙味がわかるはずもなく、私はとぼとぼと兼六園を歩いたのだった。周囲は皆、家族連れやカップルなど。ひとり客は見当たらず、寂しさが募ってくる。次第に日も暮れてきて、空腹感も募ってきた。せっかく来たからには、やはり金沢名物が食べたいとは思っていたが、その時に持っていたのは、「ゴリという魚と、治部煮(じぶに)が名物」という知識のみ。

治部煮は、小麦粉や片栗粉をまぶした鴨肉や鶏肉と、季節の野菜、特産の「すだれ麩」をだし汁で煮込み、小麦粉でとろみをつけた郷土料理(写真/石川県観光連盟)
ゴリの佃煮。ゴリとは淡水魚のカジカのこと(写真/ピクスタ)

今の私であれば、金沢名物のおでん屋さんにでも入って、さっと食事をすることもできよう。少しばかりノドグロを食べるくらいの贅沢(ぜいたく)だってできるはず。

しかしガイドブックを握りしめた女子高生は、「どうしよう……」と右往左往していた。さんざ逡巡して泣きそうになり、「もういい、マクドナルドにしよう」と思ったものの、「いやここでマックを食べたら、何のためにひとりで金沢に来たのか」と自らを叱咤(しった)。ようやくザ・観光客向けの料理屋に勇気を振り絞って入り、お仕着せの定食に添えられた微量のゴリと治部煮を、水を飲みながら食したのだった。

文/酒井順子

【私の初めてのひとり旅】酒井順子さん 金沢(2)へ続く(10/29公開予定)


(出典:「旅行読売」2023年6月号)
(Web掲載:2023年10月26日)

~読売旅行のひとり旅~はこちら


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