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【世界の絶景遺産】火山灰に埋もれていた町 ポンペイ(イタリア)

場所
【世界の絶景遺産】火山灰に埋もれていた町 ポンペイ(イタリア)

ポンペイ遺跡の広場とヴェスヴィオ火山

 

一昼夜にして火山灰に埋まった町

ポンペイは古代ローマ帝国の地方中核都市である。イタリア南部のナポリ湾岸に位置し、近くにはヴェスヴィオという火山がある。紀元79年のある日、この火山が突然噴火した。大量の火山礫や火山灰が降り注ぎ、古代都市は一昼夜で溶岩と火山灰の下に埋まり滅びてしまう。そして、長い年月が過ぎた。

発掘されたのは18世紀以降のことである。つまり、1700年もの間、古代都市は滅びたその日のまま、地中に眠り続けてきた。おかげで、ローマ時代の中核都市がほぼ当時のまま保存され、現代にその姿を伝えている。

ポンペイへは、ナポリ・ポルタ・ノラーナ駅からチルクムヴェスヴィアーナ鉄道に乗って30分ほどだ。車窓から地中海を眺められる気持ちのいい路線である。ポンペイ・ヴィッラ ディ ミステリ駅で降り、赤い塗装の駅舎を抜けると目の前が遺跡である。マリーナ門という、ポンペイの8つの門の一つが迎えてくれる。

門をくぐった途端、2000年の時がタイムスリップする。ローマ時代の道と街並みが広がっていて、私たちは古代ローマの日常世界に連れ込まれる。

まずローマの道。古代ローマには碁盤目状の通りを持つ計画都市が多く、道路は石で舗装されていた。ポンペイでも、石畳の道が少し崩れながらも敷き詰められ、次々と十字路を形成している。

歩道と車道は区別され、歩道は一段高くなっている。まるで現代都市のようだが、この設(しつら)えもローマ時代のものだ。

歩道と車道が区別されていた町並み
裕福な階層の邸宅

ローマ人の円形闘技場や市場の遺跡を歩く

次にローマ時代の街並み。パン屋、居酒屋、魚屋、宿屋などの跡が建ち並び、商店街のようだ。店内をのぞき見ながら歩くと、町の中心部の広場に行き着く。近くには食品市場もある。市場の中央には生け簀(いけす)の跡があって、生きた魚が売られていたという。下水管や配水管が整えられていて、そこから魚の骨やウロコまで見つかっている。

住宅街には多数の個人邸がある。富裕層の家にはアトリウムがあり、その周囲に部屋を配している。フレスコの美しい壁画が残されている屋敷もある。個人住宅の室内装飾や家具がこれだけしっかり残されている古代遺跡は、他に思い浮かばない。

お風呂好きのローマ人の町とあって、浴場跡も複数が残されている。きちんと男女別になっており、脱衣場、温浴場、冷浴場などと部屋が分かれている。湯船ももちろんあり、お湯を張ればいまでも使えそうだ。天井には湯煙を逃す窓まで付いている。

巨大な円形闘技場もある。ローマのコロッセオを少し小さくした規模だ。1万5000人の観客を収容できたという観客席も原型をとどめている。競技場の中央に立つと、古代人の大観衆の声が聞こえてきそうだ。

このように、古代都市のまちなかをリアルに歩けるのが、ポンペイの大きな魅力である。この保存度は驚異的で、世界のどの古代遺跡より優れていると言い切ってもいいくらいだ。

特筆すべきなのは、残された建物や壁画に描かれた姿から、住民の暮らしぶりを実感できることだ。それは、私たちが想像しがちな「大昔」というイメージからはかけ離れていて、とても文化的で、かつ洗練されている。ヨーロッパ人は、しばしばローマ時代を理想とするそうだが、ポンペイを歩けば、その気持ちを理解することができるだろう。

文・写真/鎌倉 淳

飲食店とみられる店舗内
浴場の跡。天井に通気口がある

【旅行データ】

ポンペイの観光拠点は、イタリア南部の中心都市ナポリ。ナポリへは日本からの直行便はないので、ヨーロッパ諸都市を経由する。首都ローマからは、列車で2時間程度。ナポリからポンペイへは、チルクムヴェスヴィアーナ鉄道で約30分。

(Web掲載:2023年11月29日)


Writer

鎌倉淳 さん

1969年、東京都生まれ。旅行総合研究所タビリス代表。放送局記者を経て、世界の観光エリアや航空・鉄道に関する取材を続けている。著書に「死ぬまでに一度は行きたい世界の遺跡」(洋泉社)など

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