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【旅と駅弁・駅麺】コラム 横川駅で「峠の釜めし」を買う意義とは

場所
> 安中市
【旅と駅弁・駅麺】コラム 横川駅で「峠の釜めし」を買う意義とは

荻野屋の「峠の釜めし」(陶器製は1300円)※掲載時のデータです

 

信越線・横川駅へ「峠の釜めし」を買いに行った

信越線・横川駅へ「峠の釜めし」を買いに行った。普通の方は「それはよかった」と言うだろう。ただ、多少駅弁を知っている方なら、「なんと酔狂なことを!」と言い出しかねない。今、「峠の釜めし」は、東京駅でも購入でき、銀座には荻野屋の店舗もある。私がよくお世話になっている有楽町のラジオ局の近くにも店舗があり、杉並区内の拠点で作られた釜めしをランチで毎日買うことも可能だ。

駅弁業者のこのような動きは、荻野屋だけではない。神戸を拠点に駅弁を製造する淡路屋は、数年前から計画されていた東京工場の稼働に踏み切った。東京駅には東京工場製の商品が多く並び、最近は東京のお隣・川崎市内に新たな店舗を開設した。一方で独自展開が難しい業者のなかには、鉄道会社やスーパーなどの傘下に入るところも増えている。

コロナ禍で大きく影響を受けたのは、運輸、旅行、飲食、イベントの4業種と言われる。そのすべてに絡(から)んでいたのが駅弁業者だ。多くの業者で売り上げが概ね8~9割減少したと聞く。それでも2020年にはドライブスルーの展開や通信販売の拡充、翌年には冷凍駅弁の開発など、駅弁業者の多くは、さまざまなアイデアでコロナ禍を乗り切ってきた。コロナが明けた今は、さらに駅売り以外の販路拡大に拍車がかかっているのが現状だ。

ただ、私は主要駅に全国の駅弁が並んでいるのを見ると、胸がチクチクする。都市部で各地の駅弁が買えることはありがたい。でも、主要駅売店に並んでいる地方駅弁は長距離輸送に耐えられるように作られた一部の駅弁である。

その鬱屈(うっくつ)気分を晴らしに横川駅へ行った。昼下がりの東京駅から北陸新幹線「あさま」に乗り、高崎駅で信越線横川行きの普通列車に乗り換える。4両編成の車内は下校時間と重なり、ほとんど高校生。皆、規則正しく、まるでお経でも唱えるかのようにスマホの画面を見る姿は、〝スマホ教〟の修行僧のようだ。一方、所々に混じる通院か買物帰りの高齢の女性は、ぼんやり西日が差し込む窓の向こうを眺めている。安中(あんなか)駅、磯部駅、松井田駅と乗客が少しずつ減り、軽くなった列車は勾配(こうばい)をぐいぐい登っていく。

荻野屋の横川駅売店(写真/松尾 諭)

釜を手にした時の温もりに心の緊張が解きほぐされていく

高崎から約30分、終着駅・横川に列車が着くと、早速、荻野屋の横川駅売店へ。北関東らしい少し強めの口調の女性店員さんから「峠の釜めし」を買い求める。水平を保ったまま袋に釜を入れる所作が美しい。そして、釜を手にした時の温(ぬく)もりに心の緊張が解きほぐされていくのを感じる。そう、私はこの「峠の釜めし」が欲しかったのだ。土地の風を肌に浴びながら、土地の訛(なま)りを聴き、作り手の愛を感じて、旅の途中でいただくから、駅弁は一層おいしくなる。

主要駅で感じていた心の痛みは、私が現地に行こうとしないで、駅弁を食べようとしていた後ろめたさだったと横川駅で改めて気付かされた。私は自分の良心に恥じぬように、これからも旅に出て、駅弁をいただきたいと思う。

文/望月崇史(駅弁ライター)

(出典 「旅行読売」2023年12月号)
(WEB掲載 2024年1月16日)


Writer

望月崇史 さん

1975年、静岡県生まれ。放送作家。全国の駅弁食べ歩きは約20年、5000個以上に及ぶ。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマに記事を執筆している。日本旅のペンクラブ所属。

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