打刃物のまちへ 東京打刃物【日本刀に導かれ】
スプリングハンマーで整形し、薄刃包丁のコミを作る「打刃物 定康」の小林政明さん
地鉄作りから始める 一点物の包丁を求めて
東京(江戸)打刃物の歴史は、日本刀を作っていた江戸時代に遡る。1876年の廃刀令で刀の需要がなくなり、鍛冶職人は日本刀の技術を生かして裁ちばさみや生活用品の製作に移行していったという。
大田区馬込の国道1号沿いにたたずむのが、東京で今も古来の製法を続ける「打刃物 定康(さだやす)」だ。
1951年、現在の主(あるじ)、小林政明さんの父・定雄さんが創業した。政明さんは高校卒業後にこの道に入った。定康の刃物は型を使わず、地鉄(じがね)と鋼(はがね)を鍛造して整形する「総火造(そうひづく)り」という技法を用いている。材料となる地鉄作りから鍛冶、刃付け(研ぎ)、柄(え)付けまで行う一貫製造で、すべてが一点物だ。
主力の包丁は片刃、両刃、あらゆるものを作り、細かな注文にも対応する。昔ながらの技法で大量生産ができず、自分で作ったものは自ら販売したいとの思いから、工房か公式サイトのみでの販売としている。
今回は、関東型薄刃包丁の「コミ」(柄を付ける部分)を整形する作業を見せてもらった。割烹(かっぽう)の料理人向けの高級品で、かつらむきに最適だという。
まず、ホドと呼ばれる炉で地鉄と鋼を700~800度に熱し、鍛造する。炎の立ち方や色みで熱し具合を判断するなど、すべてが感覚頼りの作業。ヤットコでホドから取り出し、入れ鎚でカンカンと整形していく。工具を使うとはいえ素手での作業で驚く。流れるような動きで、75歳とは思えぬ軽やかな身のこなしだ。
包丁、はさみなど、用途に応じて地鉄の素材を使い分ける。今回は、船のいかりの鎖を使用。「先代が買い付けた波鉄(なみてつ)という希少かつ高級な素材で、層になっているため加工が難しい」と話す。刃物制作にとりかかる以前の材料づくりから、こだわりと技術力が垣間見える。
圧倒的な切れ味の良さが魅力
先代亡き後は、小林さんがほとんど一人で営んできたが、昨年4月から弟子入りしたのが24歳の橋山日音(かのん)さん。小林さんが断っても諦めず毎日のように訪ねてきて根負けしたという。3年の期限付きだ。橋山さんは刃物の販売経験をきっかけに料理包丁の製造を志した。「親方(小林さん)は実際の作業や言葉で分かりやすく説明してくれます」。
筆者自身は鉄ではなくステンレスの包丁を使っているが、トマトなどがすぐ切れなくなってしまうのが悩み。小林さんは、錆(さび)が気になるなら鉄よりステンレスのほうがいいでしょう、と前置きしたうえで「鉄の包丁は切れ味が圧倒的によく、長持ちするのです」。
「でも鉄は研ぎが面倒で・・・」と話すと、「使用後にクレンザーで洗えば、研ぎは1年に1~2回もすれば十分ですよ。クレンザーで洗うと、錆防止にもなり自然に刃が付く(研がれる)んです」と教えてくれた。定康の包丁を20年以上使い続ける人もいるという。
柄も自家製。持たせてもらうと、適度な重みが心地いい。「柄は包丁に付ける最後の装飾。納得いくものを付けたい」と小林さん。料理用の包丁は和食だけでなく、フレンチ、イタリアンのシェフも買いに来るという。一般の人も購入可能だ。目安は1万5000円前後から。
長持ちすると商売上は大変ですねと聞くと、「確かにそうなんですが、気に入って長く使ってくれるほうがうれしいんですよ」。笑顔の中に小林さんの職人魂を感じた。
8時30分~18時/日曜、祝日休/地下鉄浅草線西馬込駅から徒歩8分/TEL:03-3771-0708
文/星 裕水
写真/齋藤雄輝
※料金などは掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2024年3月号)
(Web掲載:2024年3月4日)