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コラム 日本刀の見方と刀剣ブーム【日本刀に導かれ】

場所
> 岡山市
コラム 日本刀の見方と刀剣ブーム【日本刀に導かれ】

重要文化財 太刀 銘 光忠(林原美術館蔵) 鎌倉時代中期(13世紀)。桜花の花弁が重なっているように見える、重花丁子という華やかな刃文が特徴 画像提供:林原美術館/ TSC create

 

日本刀の見どころは多様

江戸幕府の8代将軍徳川吉宗が全国の大名から名刀を募って編纂(へんさん)した『享保(きょうほう)名物帳』には、日本刀の愛称=「号」が付いた御刀が集められている。その名前を見ると、日本刀の見どころの多様性が見えてくる。

福島正則が所持していたことから「福島兼光(かねみつ)」という所持者の名前が付いているもの、斬れ味などを誇った名前「燭台切光忠(しょくだいきりみつただ)」や「童子切安綱(どうじぎりやすつな)」、エピソードから付いた名前「にっかり青江」や「一国(いっこく)兼光」などがある中で、日本刀の持つ美しさや魅力を風景などになぞらえて名前にしたものがある。刀身に三日月状の刃文がある「三日月宗近」、五月雨(さみだれ)のような美しい地肌をしている「五月雨江(さみだれごう)」、荒れ狂う波に見える「荒波一文字」など詩情あふれる名前もたくさんある。

刃文は刀匠の心象風景を表現

1607年に初版が発行された『解紛記(けいふんき) 』は、日本刀に関する本の中で発行年月が確実とされる最も古い本である。その中で、鎌倉時代中期に活躍した備前国長船(おさふね)派の祖とされる光忠の作風は、「桜の花の咲きかさなりたるよう」だとし、華やかに咲き誇る桜花に例えられている。南北朝時代の美濃(みの)国(岐阜県)の金重(きんじゅう)などの作品は、「たとえば雨気なる時山を見るごとく、はれやかに近く見ゆる」と刃文の匂口(においぐち)を、雨が近い時に眺めた山の稜線に例えてあり、刃文を景色で表現してある。

このように風景に見立てられる刃文は、刀匠の身近な心象風景の現れかもしれない。備前国の一文字派や長船派の刀匠たちの作品を見ると、刃文と地鉄(じがね)に見える「映り」と呼ばれるオーロラのような陰影は、地元の刀匠たちが信仰した熊山という山々と手前の低い山とのコントラストによく似ている。

備前鍛冶が作刀していたとされる地を少し南に離れたところから見ると、長船(おさふね)派や畠田(はたけだ)派の作刀地の背後にそびえる熊山とその稜線が華やかな刃文の重花丁子(じゅうかちょうじ)に見えてくる。熊山より東側の山々は室町時代に流行した互(ぐ)の目刃と丁子刃が交じった様子と似ている。吉井川を挟んだ西の対岸を見ると、低いが頭のそろった山が並んでいる様子は、まさにその地で作刀していた吉井派の刃文の特徴である互の目刃が連なる様子とそっくりである。しかも太陽の角度や雲の有無、霧のかかった様子などで千変万化するなか、ある一瞬、ある特定の御刀の刃文とシンクロすることがあり、心震えるときがある。

刀匠たちの故地を巡礼する際には、その地を少し離れた所から遠望してみると、新たな発見があるかもしれない。

備前伝の一派、長船派と畠田派の作刀地を遠望。山並みが刃文のよう に見える(瀬戸内市立長船中学校門前から撮影)

日本刀には日本文化の粋が結晶

日本刀は日本文化の塊でもある。

刀身や目貫(めぬき)などの刀装具は金属工芸、鞘(さや)は木工芸と漆芸、下緒(さげお)や柄巻は染織など様々な伝統工芸の集合体
であると言える。

伝統工芸に携わる人々がよく言うことだが、「伝統」と「伝承」は違う。「伝承」は技をそのまま伝え継承していくことで、「伝統」は伝承された技を基礎に、その時々の新しいものを取り入れ、コラボすることで進化し続けてきたものである。つまり伝統工芸は叡智(えいち)を積み重ねた「文化」であり、日本刀はその集合体でもある。だからこそ日本刀は間口が広く、あらゆるコンテンツとコラボすることができる。時代劇や小説、マンガやアニメ、ゲームなどに日本刀が登場しない日はない。

さらに「号」のついた日本刀は、その斬れ味の良さと、様々な伝説の多さから「畏敬」の対象でもあった。しかし、日本人は、一見すれば日本刀だと分かるのに、日本刀のことは「ほどよく知らない」。日本刀の定義は?など愛刀家でも説明できない人が多かったのも事実だ。

ゲームによりブームが再燃

1950年頃からの高度経済成長期には、実業家たちが憧れの名刀を購入し愛刀家が激増した。しかし平成になって世代交代が進むと、次代
の人々の関心が分散することによって放置され手放される刀が増え、名刀の行方が追えなくなってきた。

20年ほど前まで各地の博物館や美術館では、「日本刀展を行えば、普段より入館者が増える」とよく言われていた。しかしその会場内を見ると、年配の男性が熱心に作品鑑賞しているのに対し、付き添いの女性はおおよそ休憩用のイスに座り、鑑賞している男性を鑑賞していることが多かった。

そんな時代を経て「平成」になると、日本刀が「イケメン」に擬人化され、「イケボ(イケてる声)」で語りかけてくるゲームが、2015年に登場した。「刀剣乱舞」である。これにより女性ファンを取り込んで日本刀ブームが再燃。このムーブメントをきっかけに全国で刀剣展が多く開催され、たくさんの刀剣書が発刊されたことで「ほどよく知らなかった」知識が次々と補完された。そして寺社などの奉納刀や個人所蔵の刀剣が保存修復された。

日本の文化と技術の粋が集まった日本刀は、様々な分野からアプローチできるため、多方面に向かって広がり、深化し続けている。日本だけでなく世界中に広まった日本刀。ブームを活性化するネタは、まだまだ多い。

文/植野哲也 林原美術館 主任学芸員


林原美術館
岡山城内堀のすぐ西側にある。国宝3振、重要文化財14振の刀剣をはじめ、岡山藩主池田家旧蔵の能装束や絵画など約9000件の資料を収蔵。2024年2月3日~3月31日には、企画展「歌心-古典文学と和歌のしらべ-」を開催。『源氏物語』の屏風(びょうぶ)絵や紫式部の歌を記した手鑑(てかがみ)のほか、『栄花物語』『大和物語』など古典文学を書写した藩主自筆の書物や和歌資料を紹介する。
開館:10時~16時30分/月曜(祝日の場合は翌平日)休、展示替え期間休、年末年始休
入館料:500円
交通:山陽新幹線岡山駅からバス8分、県庁前下車徒歩3分
住所:岡山市北区丸の内2-7-15
問い合わせ:TEL086-223-1733

(出展:「旅行読売」2024年3月号)
(Web掲載:2024年3月18日)


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