人生を変えた17歳のひとり旅 サロベツ原野を北へ北へ
夕暮れ時の車窓に見えた利尻富士の雄姿。旅愁が胸に迫って来た
〝最北を目指す客車の普通列車〟に乗り通したかった
20日間有効の北海道ワイド周遊券を手に、夏の北海道を旅したのは今から39年前の1985年のことです。家を出てから4日目、網走(あばしり)から特急オホーツクで旭川に到着し、乗り換えたのは宗谷線稚内(わっかない)行きの普通列車でした。旭川発11時28分、稚内着19時7分という、運行時間約7時間半の客車列車です。当時の宗谷線には急行列車も運転されていましたが、〝最北を目指す客車の普通列車〟にどうしても乗り通したかったのです。
名寄(なよろ)、美深(びふか)、音威子府(おといねっぷ)……、列車は主要駅で長時間停車しながら、ゆっくりと着実に北を目指します。17時42分に幌延(ほろのべ)を出れば、長距離列車の旅も最終区間に。太陽は西に傾き、次第に夕暮れの雰囲気が色濃くなるなか、鬱蒼(うっそう)とした防雪林の隙間から、広大な平原が車窓に見えてきました。「サロベツ原野かな」と思っていると、やがて防雪林が途切れた瞬間、パノラマ的に視界が開けました。どこまでも続く原野は視界が届かないほどの奥行きを持って、オレンジ色の光の中、果てしなく広がっていました。目を凝らすと、地平線の上に浮かんだ利尻(りしり)富士のシルエットがありました。
折しも、携帯カセットプレーヤーのヘッドフォンから流れてきたのは、THE SQUARE(ザ・スクウェア) の『ForgottenSaga(フォゴトゥンサガ)』。風景と音楽がシンクロし、畳みかけるように心を揺さぶられました。この曲の中でも大好きだったピアノソロのパートに入ったところで、とめどなく涙があふれてきたのです。
やがて日が沈むと、開け放った窓から吹き込む風も冷たくなり、暗闇の中、ディーゼル機関車の寂しげな汽笛が聞こえてきました。
人生を変えた風景と言ったら大袈裟(げさ)に思われるかもしれませんが、この時受けた感動は、それまで経験した事がないものでした。17歳のこの時、〝旅愁〟を実感する風景に出合えたことは、一生のものになったと今思っています。
文・写真/米屋こうじ
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2024年5月号)
(Web掲載:2024年4月21日)