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全線完乗の友はフリーきっぷ 杉山淳一(鉄道ライター)

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全線完乗の友はフリーきっぷ 杉山淳一(鉄道ライター)

イラスト/ピクスタ


鉄道の列車に乗ることそのものを楽しむ“乗り鉄”にとって、乗り放題で、途中下車自由のフリーきっぷは頼もしい味方だ。“乗り鉄”とフリーきっぷの関係を、国内の鉄道の全路線に完全乗車した鉄道ライターの杉山淳一さんが振り返る。

 

10代の僕は鉄道旅で処世術を学んだ

私が子どもの頃に交通系ICカードはなかった。電車に乗るときは、駅のきっぷ販売機の上に掲げられた路線図を見て、目的地の駅に書かれた運賃できっぷを買った。

小学生の頃、家の最寄り駅の東急電鉄の路線図を見上げて「すべての路線に乗ってみたい」と思った。用事もなく、ふだんの生活とは違う場所に行く。小学生には大冒険で、車窓の風景も終点の駅の様子も興味深かった。いま思えば、全路線を制覇した達成感があった。

東急電鉄に全部乗ったら、次は国電(※)だ。山手線、京浜東北線、中央線に常磐線など、現在のJR電車特定区間(※)に全部乗ってみたくなった。図書館で借りた鉄道の本で「周遊券」を知った。有効期間なら乗り放題。夢のようなきっぷだ。

さらに調べると「東京ミニ周遊券」があった。東京近郊の国鉄路線が乗り放題になる。ただし、往復きっぷとセットになっていて、都内では買えない。いちばん近い販売駅は静岡だった。そこでまず静岡までの片道きっぷを買い、静岡駅で「東京ミニ周遊券」を買って、帰りは急行「東海」に乗った。当時の周遊券は急行自由席も利用できた。

これが初めての鉄道ひとり旅だった。急行は普通列車をどんどん追い越し、優越感がある。車窓は街から田園へ。富士山が見える。海も見える。駅弁は何を買ったか忘れたけど、電車の中でご飯を食べる体験も楽しかった。きっぷを買って、駅の案内表示をたどっていけば、僕はどこにでも遠くへ行けるんだ。これで僕は鉄道の旅の楽しさを知った。

国鉄に手を付けてしまったから、次の目標は日本全国の国鉄路線になる。高校生になったら宿泊も許されて、北海道ワイド周遊券、九州ワイド周遊券を使った。北海道も九州も、島内で完結する夜行急行があったから、宿代を節約できた。この頃、「青春18のびのびきっぷ」(※)が発売されて、同級生と関西に出かけた。

ひとり旅では見知らぬ人に話しかけないと駅弁も買えない。立ち食いそばも食べられない。見えない相手に電話して宿の予約もしなくちゃいけない。僕は旅の中で、初対面の人と話す技術を身につけた。だから同級生の中ではコミュニケーション力が高い方だったと思う。後に僕は雑誌広告の営業マンになった。旅で得た話術や、地域のネタが役立った。つまり僕は旅で処世術を学んだ。

※国電:日本国有鉄道(国鉄)の電車。1987年、国鉄分割民営化によりJRグループが発足した。
※電車特定区間:東京、大阪付近の幹線区間のうち利用者の多い区間。この区間内の発着の運賃は割安に設定されている。
※青春18のびのびきっぷ:1982年に発売された、青春18きっぷの前身にあたるきっぷ。当初は1日券3枚と2日券1枚のセットで8000円。翌年、現在の名称に改称された。

旅のスタイルを自由にしてくれるきっぷ

国鉄がJRになって合理化が進み、ワイド・ミニ周遊券は周遊きっぷに変わり、のちに廃止された。

しかし、JR各社は独自のフリーきっぷを出している。JR北海道、JR四国、JR九州は全線のフリーきっぷがある。

とくにJR四国の「バースデイきっぷ」(1万2000円) は素晴らしい。誕生月の連続3日間、JR四国全線と土佐くろしお鉄道に乗り放題。特急自由席も乗れる。プラス3000円でグリーン車用を買えば、特急グリーン車も乗れる。しかも同行者3人も同じ値段だ。誕生月以外のフリーきっぷもたくさんある。

JR東日本、JR東海、JR西日本はエリアごとに販売している。まれに全エリア対象のきっぷが発売されるから、情報収集は欠かせない。僕は鉄道ネタを仕事にしているため、週に一度、Web巡回ソフトを使ってすべての鉄道会社の情報更新を検知している。

往復きっぷ付きの周遊きっぷよりも、現在のような現地発売のフリーきっぷのほうが使いやすいと思う。いまや静岡まで行かなくても東京周辺のフリーきっぷを買える。往復の乗車券は別途購入になったけれども、目的地までの交通手段は鉄道にこだわらなくてもいい。乗り鉄が目的だけど、鉄道ではなく、LCCで札幌に飛び、あるいは北陸へ夜行バスに乗っていき、そこから青春18きっぷの旅をしたこともあった。フリーきっぷは乗り降りが自由なだけではなく、旅のスタイルも自由にしてくれる。

大手私鉄もフリーきっぷを扱う会社が増えた。地方私鉄にもある。だから僕は旅に出るとき、まず目的地で使えるフリーきっぷを探す。

そんな旅を続けて日本の鉄道の全線を完乗した。東急線完乗から42年、54歳の誕生日だった。

文/杉山淳一


杉山淳一(すぎやま じゅんいち)

1967年生まれ。乗り鉄、書き鉄。都立日比谷高校卒。信州大学経済学部、信州大学工学系研究科博士前期課程修了。IT系出版社でPC誌、ゲーム雑誌の広告営業を担当した後、96年からフリーライターになり、鉄道分野を主に執筆。著書は『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。日本全国列車旅、達人のとっておき33選』『鉄道ダイヤから鉄道を楽しむ方法』ほか

※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2024年7月号)
(Web掲載:2024年7月29日)


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