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【伊東潤の 英雄たちを旅する】第7回 榎本武揚と函館

場所
> 函館市
【伊東潤の 英雄たちを旅する】第7回 榎本武揚と函館

五稜郭は江戸幕府が国防を目的として築いた西洋式土塁の要塞。「日本100名城」(日本城郭協会)に選定されている

 

プロフィール
伊東 潤(いとう じゅん)

1960年、神奈川県横浜市生まれ。歴史作家。2013年、『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を受賞。過去5回、直木賞候補となる。近著に、敗れ去った日本史の英雄たち25人の「敗因」に焦点を当て歴史の真相に迫るエッセー『敗者烈伝』(実業之日本社)などがある。

 

明治政府で顕官の座を歴任した、幕臣きっての俊秀 榎本武揚

幕末から明治維新にかけては、偉人や傑物が次々と現れ、新たな日本を築いていった。その大半が薩長土肥(さっちょうどひ※)といった西国諸藩出身なのは、勝者なので仕方がない。だがその中に、幕臣として最後の最後まで戦い抜いたにもかかわらず、その才を評価され、明治政府でも顕官の座を歴任した男がいる。男の名は榎本武揚(えのもとたけあき)。幕臣きっての俊秀(しゅんしゅう)である。

1836(天保7)年、江戸に生まれた武揚は、父武規(たけのり)の影響を受けてか、少年の頃から蝦夷(えぞ)地に憧れを抱くようになる。武規は伊能忠敬(いのうただかた)と共に蝦夷地を探索したことがあり、その話を聞いていたからだろう。

19歳の時、武揚は箱館奉行の従者として初めて蝦夷地に赴き、樺太(からふと)までの巡視に同行する。この時、武揚は蝦夷地の無限の可能性に気付いた。

1862(文久2)年、幕府は最新鋭の軍艦・開陽丸をオランダに発注し、武揚ら15人の留学生を派遣した。学究心旺盛な武揚は、航海術、蒸気機関学、機械工学、電信技術、国際法、化学、数学など多様な学問を習得した。

1867(慶応3)年、完成した開陽丸に乗って帰国したものの、国内の様相は一変しており、将軍慶喜(よしのぶ)は大政(たいせい)を奉還(ほうかん)し、王政復古の大号令が発せられる。

やがて戊辰(ぼしん)戦争が勃発し、幕府艦隊を率いた武揚は蝦夷地に赴く。その後、蝦夷地で新政府軍の駐屯部隊や新政府側となった松前藩を蹴散(けち)らした武揚は、蝦夷共和国の建国を宣言する。しかしそれも束(つか)の間、押し寄せてきた新政府軍によって共和国軍は敗れ去り、武揚は降伏する。

かくして虜囚(りょしゅう)の身となった武揚だが、黒田清隆(きよたか)らの嘆願が実って釈放され、その後は異例の出頭を遂げ、海軍卿、逓信(ていしん)・文部・外務・農商務大臣を歴任した。

そんな武揚にとって、蝦夷地改め北海道、とくに激戦を繰り広げた箱館改め函館は、忘れ難い地であったろう。

武揚と蝦夷共和国が本拠としたのが五稜郭(ごりょうかく)になる。五稜郭の一番の見どころは、その五芒星(ごぼうせい)を模した美しい姿だ。それを上から余すところなく見せてくれるのが、隣にある五稜郭タワーだ。ここからは函館市街や函館山まで見渡せる。また五稜郭公園内に復元された箱館奉行所では、様々な角度から五稜郭の歴史を体験できる。

※薩長土肥……明治維新を推進した薩摩、長州、土佐、肥前藩のこと。

高さ107メートルの五稜郭タワー
2010 年に五稜郭内に復元された箱館奉行所

五稜郭の近くには、トラピスチヌ修道院や四稜郭(しりょうかく)などがあり、五稜郭から函館山に向かっていくと、金森赤レンガ倉庫、八幡坂(はちまんざか)、基坂(もといざか)、函館ハリストス正教会、旧箱館区公会堂、はこだて明治館といった函館ならではの異国情緒溢(あふ)れる名所旧跡がある。

函館ハリストス正教会は日本で最初のロシア正教会の聖堂。大正時代築の建物は国の重要文化財
青函航路の船を眺める八幡坂

一日の最後には、ロープウェイで函館山に登り、函館の夜景を見下ろしてほしい。その素晴らしさにため息が出るはずだ。

武揚の座右の銘は、「学びて後、足らざるを知る」だ。やはり武揚は軍人というより学究の徒だったのだ。そんな彼が必死で戦った函館の地には、今でも彼の思いが息づいているような気がする。

文/伊東潤

函館山から見る函館の夜景は「日本三大夜景」の一つといわれる

英雄メモ🖋

榎本武揚(えのもとたけあき)[1836 ~1908]

江戸末期の幕臣、明治期の政治家。伊能忠敬の弟子だった幕臣の次男として生まれる。長崎海軍伝習所で学んだ後、オランダに留学。幕府が注文した軍艦・開陽丸に乗って帰国し、同艦の船将、後に海軍副総裁となった。1868(明治元)年、江戸開城後に軍艦引き渡しを拒否し、幕府艦隊を率いて北海道に上陸、箱館の五稜郭に入って新政府軍に抗戦したが、翌年に降伏。特赦されて北海道開拓使になった後は、駐露特命全権公使として樺太・千島交換条約を締結し、逓信・文部・外務大臣などを歴任した。


[五稜郭までの交通]
函館駅前停留場から函館市電17分の五稜郭公園前停留場下車徒歩10分、または函館駅前からバス15分の五稜郭タワー前下車すぐ

[観光の問い合わせ]
TEL0138-27-3535(函館国際観光コンベンション協会

※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2023年8月号)
(Web掲載:2024年9月14日)


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