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【鉄道ひとり旅】古今亭駒治さん“前駅調査”のよろこび

場所
【鉄道ひとり旅】古今亭駒治さん“前駅調査”のよろこび

北海道函館市の造船所に近い「函館市電 函館どつく前停留場」

 

©武藤奈緒美

プロフィール

ここんてい・こまじ[落語家]
1978年、東京都生まれ。大学卒業後、古今亭志ん駒に入門。2018年、真打ちに昇進。身近な話題をテーマとする自作の新作落語で活躍。鉄道落語を得意とし、寄席以外にも鉄道博物館、鉄道会社やデパートのイベントなどで幅広く披露している。著書に落語家仲間との共著『鉄道落語』(交通新聞社新書)がある。

 

旅に出ると朝から晩までひたすら鉄道に乗り続ける「乗り鉄」だ

しょっちゅうひとり旅をしている。といっても、自ら望んでのひとり旅なのかは分からない。もともと、旅に出ると朝から晩までひたすら鉄道に乗り続ける「乗り鉄」だ。たとえ妻や友人が付いて来たとしてもすぐに音を上げ、またひとりに戻ってしまう。しかも、数年前からは“前駅調査”を始めたのでますますひとりになった。

それは、「東大前」とか「函館どつく前」のような、名称に「前」が付く駅に行って、本当に東大や函館どつくが駅の前にあるのかを調べる研究だ。改札から施設の一番近い入り口までの距離をロードメジャーで測り、施設と駅の関係などをいくつかの型に分類して、ひとりでにやけるのが主な活動内容だ。

全国341か所の前駅のうち、これまで314か所が調査済みだ。最も前駅らしかったのは、豊橋鉄道の「愛知大学前」や熊本電鉄の「熊本高専前」などだ。ホームに設置された門を通ればそこは学校の中という、距離・所要時間ともに0分の「ホーム直結型」である。反対に、最も遠かった阪堺(はんかい)電車の「御陵前」は世界3大墳墓の一つとされる大仙陵古墳の前駅にふさわしく、古墳まで2.2キロも離れている。1キロ超の前駅は六つあり、御陵前も含めて4駅が南海グループだったので、「南海型」と名付けた。

ホームからキャンパスに入れる「熊本電鉄 熊本高専前駅」

近いほど前駅としては優秀なはずなのに、ロードメジャーを転がしながら距離が延びれば延びるほど気分が盛り上がるから不思議だ。手ごわいのが東京メトロ千代田線の「二重橋前」だ。肝心の二重橋が皇居の中にあり、ロードメジャーを使って調査すると怪しまれそうなので、攻略法を思案中である。こんな旅じゃ、ますます誰も付いて来ないよなあ。

施設のジャンルは学校が圧倒的に多く、寺社、役所と続く。「施設名+前」という直接的な駅名を眺めていると、調査をしなくてもその様子が分かるような気がする。しかし実際は、訪れてみないとその場に漂う匂いのようなものは分からない。

松浦鉄道「松浦発電所前」の誰もいないホームから見た、火力発電所の巨大な建屋と鉄塔の不気味さは忘れられない。送電線から聞こえる、高圧電流が流れるバリバリという音に、一刻も早く立ち去りたくなったものだ。富山地方鉄道の「競輪場前」は富山競輪場に隣接している。灰色の上着を羽織ったおじいさんたちが、車券売り場でモニターを見上げながら思案する時の静寂が神秘的だった。片隅で食べるうどんから立ち上る湯気に包まれ、おじいさんたちはまるで神々のように見えた。北陸鉄道の「額(ぬか)住宅前」は団地の前駅。北陸鉄道の始発駅はかつて栄えた花街に近い野町だ。花街に電車1本で行ける団地なんて素敵じゃないか。芸者幇間(たいこ)を上げてどんちゃん騒ぎをして、電車で団地に帰る粋人がいたかもしれない。

金沢市の団地の目の前にある「北陸鉄道 額住宅前駅」

前駅は施設そのものだけじゃなく、そこに流れる匂いのようなものにもアクセスさせてくれる。しかも、こんな調査をしなければまず訪れなかっただろう場所の、である。様々なジャンルの施設に集う人々が醸し出す匂い。ふと思った。そのほのかな匂いを感じるには、ひとり旅がぴったりなのかもしれないと。

文・写真/古今亭駒治


(出典:「旅行読売」2024年11月号)
(Web掲載:2024年12月24日)


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