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【鉄道ひとり旅】エッセイスト 酒井順子さんが語る 「鉄道〝陰陽一人旅〟」

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【鉄道ひとり旅】エッセイスト 酒井順子さんが語る 「鉄道〝陰陽一人旅〟」

イラスト/ピクスタ

鉄道好きで、鉄道エッセーも書いているエッセイストの酒井順子さんに、初めてでも楽しい鉄道一人旅の魅力を教えていただきました。

 

「それは、皆に優しい乗り物なのです。」

鉄道一人旅というと、「難しそう」「通好み」といったイメージがあるかもしれません。しかし鉄道ほど、初心者や女性、はたまた高齢者の一人旅に適した手段はないのではないかと私は思っています。切符を買って(と書いてみましたが、今は「ICカードをタッチして」とした方がいいかも)乗車さえすれば、誰であっても目的地まで運んでくれるのが、鉄道。それは、皆に優しい乗り物なのです。

列車の中では、景色を眺めたり、おやつを食べたり、居眠りをしたりと、好きなように過ごすことができます。自動車のように、運転しなくてもよい。飛行機のように、シートベルトで座席に縛られることもない。自由に一人で過ごさせてくれるのが、鉄道です。

高校生の時に初めて鉄道一人旅をして以来、折をみては列車に乗っている私ですが、ここしばらくの間で印象に残っているのは、〝陰陽一人旅〟です。日本は、日本海側と太平洋側で、特に冬の天候がはっきりと異なりますが、その違いを味わうべく、鉄道で旅をしてみたのです。

スタートは、岡山駅。乗り鉄の祖・内田百閒(ひゃっけん)を生んだ地から、まずは津山線に乗車しました。太平洋と言うよりは瀬戸内海に面した岡山には、冬とはいえ暖かな日差しが降りそそいでいます。

山あいを走る津山線に揺られているうちに、津山駅着。城下町をしばし散策してから、因美(いんび) 線に乗り換えました。

「陰陽の境を通過した、ということになりましょう」

やがて登り勾配(こうばい)となった線路は、美作(みまさか)と因幡(いなば)の国境、すなわち岡山と鳥取の県境のあたりから、下り勾配になりました。陰陽の境を通過した、ということになりましょう。

次第に、空に浮かぶ雲の量は増えていきました。すっかり暗くなってから終点の鳥取駅に到着すれば、ぐっと気温が下がり、みぞれが降っているではありませんか。スカッとした晴天だった岡山とは全く異なる天候に、「日本海側にやってきた」との思いが募ります。

鳥取は、市街地に温泉が湧いていたり、素敵なお店が点在していたりと、楽しい街です。温泉に入ったりマッサージを受けたりと、好きなように夜を過ごすことができるのもまた、一人旅の醍醐味(だいごみ)と言えましょう。

翌日は、因美線で智頭(ちず)駅まで戻り、智頭急行の線路を走る特急スーパーはくとにて、姫路へ。列車が中国山地を越えて山陽本線に入ればまた日差しが戻ってきたのであり、ここでも陰&陽の違いをはっきりと体感することができました。

日本海側と太平洋側、陰と陽とを連絡する鉄道ルートは、他にも色々と存在します。細長い本州ではありますが、その細さから想像するよりもずっと激しい変化を、車窓は映し出すのです。

そのような変化を、おやつを食べながら味わうことができるのは、列車のおかげ。この冬もまた、列車でのんびりと日本海を見に行こうかなと、今から目論(もくろ)んでいるのでした。

文/酒井順子


  

さかい じゅんこ
1966年、東京都生まれ。エッセイスト。高校在学中から雑誌にコラムを発表し、大学卒業後、広告代理店勤務を経て執筆専業に。2003年に発表した『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞と婦人公論文芸賞を受賞。著書は『家族終了』『ガラスの50代』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』など多数。『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』『女子と鉄道』など鉄道関係のエッセーもある。

(出典:旅行読売2024年11月号)
(Web掲載:2024年12月31日)


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