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【取り寄せできない東京・大阪みやげ】コラム 愛しの東京・大阪 みやげ

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【取り寄せできない東京・大阪みやげ】コラム 愛しの東京・大阪 みやげ

イラスト/ピクスタ

手に入りにくい分、思い深まる

11月某日午後。東海道新幹線のぞみ号の中で、この原稿を書いている。私は大阪から東京に拠点を移し、東京・大阪を頻繁に行き来するようになって15年目。つまり「東京土産、大阪土産、何にしよう」と考えるようになって15年目に入った。

ふふふ、今日は完璧――。と、この日、一人でにやにやしたのは、目白の「志むら」の九十九(つくも)餅を携えていたからだ。今宵(こよい)会う人への手土産に。こしのある求肥の中に、まあるいお味の虎豆が入り、粒子のようなきな粉をまぶしたもので、戦後すぐからの歴史を刻んでいるとか。私は大好き。賞味期限5日の個包装タイプと、3日のそうでない箱入りがあり、前者は通販もしているが、後者は目白の店でしか手に入らない。今日のは10個入りの後者。味は同じようでも、箱を開けたときの、きな粉が餅から餅へと波打つさまが、スペシャル感ひときわなのである。

土産とは、もともと旅先で求めたその土地の名産のこと。室町時代頃までは「みあげ(見上げ)」と言い、「よく見て選び、人に差し上げる品」のことを指したそうだ。しかしながら「駅の売店でさくっと買ったものはどうもね」とも思わない。それもあり、これもありだ。さすれど、スペシャル感という付加価値とともに贈り、贈られると、やっぱりうれしさが倍増するというものだ。

そうそう。もし今日が水曜なら買いたかったのが、神保町「きのね堂」のクッキーである。おそらく若い創意工夫者たちによって、近年、お目見えした。うまく言語化できないのがもどかしいが、類いまれなる“軽さ”が身上か。水曜しか開かない店であるのも謎だが、バターも砂糖も使わないという作り方も不思議すぎる。差し上げた人に「これ実はね」と、謎と不思議を口にすると、間違いなく話が弾む。

東西の名物にうまいものあり、物語あり。

かたや「取り寄せできない大阪名物は……」と頭を巡らせ、「浪速(なにわ)ことばせんべい」と「穴子にぎり」だと膝を打つ。

浪速ことばせんべいは阿倍野区ののどかな商店街に立地する「はやし製菓本舗」謹製。カリカリ、サクサクの口当たりもさることながら、「いけず」「ごんた」「いちびり」などと浪速言葉が焼き付けられているのが面白い。

「穴子にぎり」は全国に数々あれど、こここそ日本一と私が太鼓判を押す、堺市の持ち帰り専門「深清鮓(ふかせずし)」のもの。かつて、店のすぐ近くが穴子漁の漁師町だったという土地柄。穴子の身が崩れないギリギリまで軟らかく煮込まれ、ほんのり甘いタレ、シャリと三位一体となって、口の中でほろほろと溶けていく。

はやし製菓本舗も深清鮓も、新大阪駅から距離がある。でも、今回の大阪滞在の中で、時間を作って足を延ばそう。東京へ持ち帰り、お世話になっているあの人に差し上げよう。などと考えているうちに、のぞみ号は名古屋駅を通過。

東京・大阪間は近いのか遠いのか。どちらにも、名物にうまいものあり、土地の物語あり。大量生産、大量販売、どこ吹く風。取り寄せできない土産物にエールを送りたい。

文/井上理津子

※記載内容は掲載時のデータです。

(出典:旅行読売2025年1月号)
(Web掲載:2025年5月4日)


Writer

井上理津子 さん

1955年、奈良市生まれ。ノンフィクションライター。人物ルポや食、性、死など生活に密着したことをテーマに『大阪名物』(共著)『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』(以上、新潮社)、『絶滅危惧個人商店』『旅情酒場をゆく』(筑摩書房)、『もうひとつの東京を歩く』(解放出版社)など著書多数。

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