【低山と温泉へ】僕が低山を好きな理由 吉田類さん[酒場詩人]インタビュー
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低山は下界と近く、街並みと山並みを一望できる(佐賀・黒髪山山頂)
「酒場詩人」として知られる吉田類さんは、NHKの「にっぽん百低山」で番組のメインパーソナリティーを務める。最近では低山ブームの火付け役ともいわれるが、実は3000メートル級の山を踏破している生粋の山男でもある。そんな吉田さんに、低山にはまったきっかけとその魅力を語ってもらった。
よしだ るい[酒場詩人]
1949年高知県生まれ。エッセイスト、イラストレーター。俳人の顔も持つ。BS-TBS「吉田類の酒場放浪記」、NHKBS「にっぽん百低山」などテレビやラジオに出演。著書に『酒場詩人の美学』(中央公論新社)、『酒は人の上に人を造らず』『酒場詩人の流儀』(共に中公新書)、『酒場歳時記』(NHK出版)ほか。「にっぽん百低山」の書籍化第3弾が2025年秋刊行予定。高知県観光特使、加東市産山田錦PR大使、「ふくしまの酒マイスター」などを務める。
国内には千を超える低山がある
30代の頃、渓流釣りに凝ったことがきっかけで、日本各地の山を訪れるようになり、3000メートル級の山に登るようになっていきました。
そうした経験もあり、NHKの「にっぽんトレッキング100」に何度か出演しました。その番組のプロデューサーに「百低山はどうですか?」と提案され、「にっぽん百低山」がBS放送で始まりました。2020年のことです。低山の定義はありませんが、番組では1500メートル以下と定めています。番組プロデューサーによると、国内には千を超える低山があるようです。
ロケで低山に登るようになると、すぐにやみつきになりました。一つには景色の素晴らしさ。3000メートル級の山は登頂の達成感があり、山頂からの雄大な山並みの眺望が魅力です。一方、六甲山などは山上から港が見え、神戸や大阪の街並みから和歌山の山地、瀬戸内の島々と海も見える。三重の朝熊(あさま)ヶ岳からは伊勢・志摩の海岸線が見え、「こんなに美しいんだ!」と思いました。こうした景色は低山ならでは。もっと早くから低山の魅力に気づいていればと悔やんだほどです。
山の歴史と物語に触れる
歴史や物語に出合えるのも低山の楽しみです。山岳信仰の対象の山や修験道の実践の場としての山も多く、連綿と続く精神文化が刻まれています。
例えば富士五湖の一つ、精進湖(しょうじこ)の北に位置する三方分山(さんぽうぶんざん)は、古くから「中道往還(なかみちおうかん)」と呼ばれる、駿河と甲斐を結ぶ重要な道が登山道になっています。「生魚の二十里走るほととぎす」という句碑が峠に立っていて、江戸時代に馬に載せて鮮魚を運んだ光景が目に浮かびます。ところで、人口比ですし店の数が全国1位は何県だと思います?答えは山梨県です(※)。江戸時代からすし好きだった県民性が続いているんですね。
長野県大町市の東に位置する大姥山(おおばやま)は、山姥と金太郎の伝説が残っています。大姥神社本宮裏が登山口で、鎖場が連続して9か所もある。大姥神社前宮には大きな鎌(オブジェ)が奉納され、途中には山姥と金太郎が暮らしていたという洞窟もあります。鎌は子どもの疳(かん)の虫(夜泣き)を切るもので、実は大姥は安産や子育ての神様なんですね。ちょっとした冒険を楽しみ、山の話を持って帰る。それも低山の面白さです。
そしてなんと言っても下山後のご褒美、お酒です(笑)。低山歩きは日帰りだから、夕暮れには町に戻れる。全国の低山を巡ると、その土地その土地の地酒にも巡り合えるし、郷土料理も味わえる。札幌の藻岩山登山の帰りは、北海道民のソウルフード、ジンギスカンを食べました。ところが、ジンギスカンは遠野の名物でもあって、岩手県の石上山(いしかみやま)に登ったときにも味わいました。遠野で「焼肉を食べに行く」と言えば、「ジンギスカンを食べに行く」という意味だそうです。
※(出典)総務省経済センサス−基礎調査
下山後のお酒がなによりのご褒美(奈良・曽爾〈そに〉高原)
低山でも登山装備はしっかり
低山といえども山登りなので、装備はきちっとした方がいい。ジーンズなど綿製品はダメです。動きにくいし、汗も乾きにくい。雨具は防寒にもなるし、天候が変わりやすい時期は必要です。
靴も基本は登山靴です。昔と違って軽量で丈夫になっています。僕は防水機能もある足首までのハイカット靴を履いて、トレッキングポールを使っています。もちろん、水や食料は必携です。ゴミは持ち帰るので、入れる袋もあった方がいい。
地図も必要ですが、最近は山アプリが充実しているので、スマートフォンだけでも対応できます。最新情報がわかるし、電波はほとんどの場所で入ります。トイレはだいたい登山口付近にありますが、山頂にはない山が多いので心配なら携帯トイレを用意すること。今はアウトドアブランドがさまざまなウェアやギアを展開しているので、ファッションを楽しむのもいいでしょう。
修験道の実践の場である鎖場をよじ登るのも魅力(群馬・妙義山)
番組では記念の百座目に高尾山に登りました。自宅兼アトリエから近いので、いわば僕のホームグラウンド。トレーニングを兼ねてよく登っていて、元日の初登山を10年続けています。山頂から富士山を拝むんです。ロケは晩夏で、ロープウェイの高尾山駅そばの高尾山ビアマウントに行きました。きらめく都会の夜景を眺めながら飲んだ、冷えたビールとバーベキューは最高でした!
ロケの後、スタッフで俳句の会を催しています。山をテーマに一句詠んで発表するんです。だから登っているときもいろいろなものに目を留め、風景を、季節を、歴史を感じ取る。みんな、良い句を作るようになりました。こうした工夫で低山ハイクをより楽しむこともできます。
聞き手/田辺英彦 写真/藤川 満
(出典:「旅行読売」2025年6月号)
(Web掲載:2025年6月9日)