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【温泉は人生の句読点だ!】ベイビー!逃げるんだ!さて、どこへ? 寺山鉱泉<栃木>

場所
> 矢板市
【温泉は人生の句読点だ!】ベイビー!逃げるんだ!さて、どこへ? 寺山鉱泉<栃木>

「温泉はありのままの源泉かけ流しがいちばん」。そんな声を聞くたびに、鉱泉宿の湯につかってごらんよって言いたくなるんだな。ココ、体の芯まであっという間に温まる寺山鉱泉の湯はまさにそんな湯の代表選手! よけりゃいーのよ、よけりゃあね♡

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プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)

1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。

この日常から逃げ出したい!そんなときは鉱泉宿へ

あ〜、この日常から逃げ出したい!なんて思うコトありません?そりゃあ世の中いろいろ便利になったけど、なんか時代からおおらかさが失われて息苦しいわけですよ。そのうえタイパ※がどーとか、SNSのヒステリックな攻撃合戦だとか、なんだかなぁって。ときどきそんな日常から逃げたくなるわけですよ。

ハイ、そんなときは鉱泉宿に泊まりにいこーよ、というのが今回のテーマです。

鉱泉宿とはなにか。いや、その前にそもそも鉱泉とはなんなのかですよね。鉱泉は温泉の一種で、行政指針なんかであれこれと定義されているんだけど、ややこしいので、「地下から湧いた効能のある冷泉を適温に沸かしたもの」と覚えておけばおおむね合ってます。で、鉱泉宿とはそんな鉱泉のお風呂を提供する宿のこと。

その多くが湯治のための宿だったりするから、お風呂以外のものは部屋も食事も質素で、辺鄙(へんぴ)なところにポツンとあって観光的な要素はまったくない。お風呂にしたって、露天風呂なんていうものはなく、家庭のお風呂をちょっと広くしたような湯船があるだけなんですね。でもね、湯はさすがに湯治の湯だけあって素晴らしいのですね。

じゃあ、なんで日常から逃げ出したくなったら鉱泉宿なのか?それはねぇ、鉱泉宿って、つまりはそーいう宿だから、泊まるとお風呂に入るか、部屋でゴロゴロして過ごすか、それしかないわけですよ。退屈しそうだって?ハイ、退屈ですよ。でも、その〝退屈〞がサイコーに幸せで、ココロの洗濯にもなるんだなぁ。

鉱泉宿に泊まったらスマホなんか見ない。スイッチも切っちゃう。だって情報でがんじがらめになった日常から逃げてきたわけですからね。テレビなんかも見ない。部屋でゴロゴロしながらビールや地酒を飲んだり、持ってきた文庫本を読んだり、あるいはただボォ〜ッとしているわけ。そしてもちろんお風呂三昧(ざんまい)ね。窓の外からはトンビのピ〜ヒョロロ〜っていう鳴き声とかが聞こえてきたりするのどかなところで、湯上がりのアルコール。こういうトコロで飲むとほんと旨(うま)いんだなぁ。もう世の中のことなんかどーでもいい。お風呂(しかも極上湯を独り占め!)とゴロゴロタイムがあれば、ほかはもーなにもいらないわけよ。幸せがじわじわと込み上げてくる。

この幸せ、なんていうか、ああ、本当の幸せっていうのはこういうなんでもないところにあるんだなぁって気づかせてくれる幸せだったりするのだ。そう、「手で触れたものすべてが黄金に変わる力が欲しい!」と願ったことから孤独のどん底に落ちていったギリシャ神話のミダス王の教訓のように、真の幸せとはギラギラしたゴージャスなものではない。それは、もっと身近で普通のものなのですよ。

幸せの青い鳥を追い求めて旅に出たチルチルとミチルが、最後に青い鳥を見つけたのが自分の家だったように、本当の幸せはあらかじめ〝自分の中〞にある。つまり、鉱泉宿で味わう幸せって、そんな幸せなわけ。そしてしみじみと思う。ああ、自分は日常の中でよっぽどいろんなものに縛られていたんだなぁって……。

理想の鉱泉宿の予感がジワジワと

ワタクシにとって鉱泉宿とはそんな宿なんだけど、今度ぜひ泊まってみたい鉱泉宿が栃木県にある。寺山鉱泉という宿。ここはテレビの温泉レポートのロケでお邪魔したことがあって、そのとき思ったのだ。ここは理想の鉱泉宿かもしれないって。

まず山間にポツンと立つ世の中と隔絶したようなロケーションが気に入った。お風呂の湯もサイコーだった(まさに体の芯まで温まる湯冷めしない湯!)。素朴で質素な部屋も、そうそう、こういう部屋でゴロゴロしたいって思ったし、窓の外から確実にピ〜ヒョロロ〜って聞こえてきそうだったし、そして女将さんがご馳走(ちそう)してくれた手作りの漬物とけんちん汁がめっちゃおいしかった。ほかになにが必要だろうか?

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人里離れた山間にポツン。この世の中との隔絶感がまたいいんだなぁ。日常からの脱出先にピッタリ!

番組では特別に源泉を見せてもらったんだけど、これがまたココロに沁みた。決してドバドバ湧いているわけではない。地層からじわじわ滲(にじ)み出るような源泉を大切に集めて、薪(まき)で温めた柔らかな沸かし湯を提供しているのである。なんでもその昔、旅人の連れた牛がその湧き水を舐めたら元気になったことから発見されたという、貴重な源泉である。何気なくつかった湯が、そんな丁寧に集められた湯だったことを知り、感動せずにはいられなかった。

たとえ1泊2日でも〝なんちゃって世捨て人〞としてここで過ごせば確実にココロが洗濯されるだろうと確信した。きっと、ここ寺山鉱泉では、ひときわ青い「幸せの青い鳥」に会えるのではないだろうかと(え?そーいう欲を出した人の前には青い鳥は現れないって?そっち行っちゃったら欲にまみれたミダス王だって?アチャー!)。

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湯がぬるかったらブザーを押すというユニークなシステム。実はブザーを聞いた女将が裏で薪をくべて湯を温めてくれるという超アナログなシステムだったりするんだけど、ありがたいですよねぇ。湯の温かさだけでなく思いやりも感じます

文・写真/岩本 薫

♨今月のひなびた温泉

寺山鉱泉 <栃木>

◎料金:1泊2食8800円〜(2人より)/日帰り入浴600円、9時〜16時、個室付きプランもあり(要確認)
◎泉質:単純鉄冷鉱泉
◎アクセス:東北線矢板駅からタクシー15分/東北道矢板ICから15キロ
◎住所:栃木県矢板市長井1922-2
◎TEL:0287-43-3773


※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2025年11月号)
(Web掲載:2025年11月18日)


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