【にっぽんクラフト蒸溜所紀行 vol.2】日光街道小山蒸溜所 NIKKO KAIDO OYAMA DISTILLERY<栃木・小山市>
酵母も蒸留器も独自開発日本酒の文化を洋酒に込める
江戸時代に設けられた五街道の一つ、日光街道。日本橋と日光を結ぶこの道は東海道に次いで整備された歴史をもつ。東照宮造営により増えた参拝客の需要に応えるべく、明治5年(1872)、同街道沿いに創業したのが西堀酒造。渡良瀬水系の豊かな水と広大な関東平野が育む米で酒造りを続けてきた。創業150年後に当たる2022年、その精米蔵を改装し誕生したのが日光街道小山蒸溜所だ。事業を立ち上げたのは6代目となる西堀哲也さんだ。大学卒業後、都内でシステムエンジニアやウェブサイト制作の仕事に携わったのち、2016年に幼馴染が蔵人として働いていた蔵に戻ったという。
「彼を含めて3人で酒造りをしていたんですが、昼夜逆転するような労働環境に加えファックスに電話、手書きの帳簿という世界に、愕然としました」そう笑いつつ、当時を振り返る。大企業のバックオフィスシステムの構築技術を叩き込まれた後だっただけに、衝撃だったという。蔵人として初めての造りに携わる傍ら、ECサイトの構築や海外への直接輸出を始めた哲也さんはまた、酒造りでも日本初となる醸造方法に挑戦していた。「テレビでLEDの光に野菜が反応する事を知って、それなら酵母にも影響があるんじゃないか、と。そこで特注製作したアクリル材のタンクで仕込むもろみに照射してみたら、波長(色の違い)によって味が変わることがわかったんです。発酵の抑制や促進ができることが分かりました」
哲也さんの類まれな探究心が垣間見られる話だが、それはウイスキー造りにも繋がっていた。

六代目蔵元であり蒸溜所の製造責任者でもある西堀哲也さん
「2021年、コロナ禍で酒の出口がなくなってしまった。それまではいい酒を作ることだけ追求していましたが、その時初めて酒造業界の未来を考えたんです。造りに自信はあっても雇用や流通など、考えれば考えるほど厳しい。洋酒の世界に学ぶことがあるんじゃないかと。そこで通年雇用を支える事業として蒸留酒造りに挑戦しようと思ったんです」
早速ウイスキーについて調べると、発酵期間が短く温度管理も自然任せという事実にまた、衝撃を受けた。そして「本当のオールジャパニーズウイスキーは存在しないのか?」という疑問も浮かんだ。日本産ウイスキーでも原料のモルトやウイスキー酵母は輸入したものを用いるのが一般的だ。日本にしかないウイスキーを作るにはその扉をこじ開けるしかないと、哲也さんは大手メーカーが挫折した清酒酵母での醸造を試みる。
10種以上の酵母のうち、麦芽糖を変化させるポテンシャルがあるものを調べ上げ、様々な方法を用い麦汁で培養。初挑戦の結果は、腐造だった。だが1年は続けると決め、酵母に良い環境条件を探し続けた。酒母立てや段仕込みといった清酒の醸造技術も加え、半年以上にわたる試行錯誤の末にたどり着いた通常の倍の時間と労力をかける方法で、麦汁作りは成功する。続く蒸留工程においても「酵母由来の香りを残すためには従来の常圧蒸留では難しい」と、銅板を内部に敷設したステンレス製の減圧蒸留器を設計。沸点を操作することで香気成分をコントロールできるようにしたという。

約3000坪の敷地内にある蔵の大半が江戸末期から大正時代の建物。精米蔵を改修して作られた蒸溜所では、独自設計の蒸留器が間近で見学できる
「初年度はドイツ産モルトを使いましたが、今はモルトも小山市産。宇都宮にある精麦会社の畑が市内にあったご縁もあり、地元のよしみで分けてくださって」。そしてやはり、哲也さんは吟醸酒造りで削った酒米を原料とするグレーンウイスキー造りにも成功、ブレンデッドウイスキーにも着手する。
最後は、熟成工程だった。バーボン樽やシェリー樽などの輸入樽が使われるこの部分にも、哲也さんはこだわった。「日光杉の和樽でやりたかったんです。宮司さんに相談に行ったら、倒木して伐採された御神木を快く譲ってくださって。長期熟成には向きませんが、フィニッシュに使えます。清酒酵母、酒米、和樽。これで全てが〝国産〟になりますから」
2025年、3年の熟成期間を経てリリースされたその集大成「哲」日光東照宮献上仕様のシングルモルトは、穏やかな酸味と甘味の余韻が伸びる繊細な味わい。「お酒はただの液体ではなく、書物のようにその土地の文化を伝える。日本酒造りの文化全体をウイスキーの世界で伝えたい」と言う。誰もやったことがない挑戦を次々にクリアしているように見える、その原動力とは? そう聞くと、こんな答えが返ってきた。

日光杉並木植樹400年の節目にあたる2025年、杉の和樽で追熟させたシングルモルト・酒米原料のグレーンを使用したシングルブレンデッドを東照宮に献上した

東照宮神域の日光杉で20個の和樽を制作、追熟時に使用するという

気候が異なる小山・日光・大谷の3か所に熟成庫を設置し、現在は4種類の「哲・TETSU」シリーズを販売
「大学で哲学科を選んだのも、それが唯一答えを示さない学問だったからなんです。暫定解はあっても、問いは続く。本当にそうなのか? と考え続けるものが好きなのかも。単にアマノジャクなだけですかね(笑)」
日本酒蔵としての矜持を洋酒の世界にぶつける哲也さんの〝問い〟はきっと、これからも続いてゆく。

銅製の蒸留器を使いオリジナルジンを作る蒸留体験やウイスキーのブレンド体験も可能
文/奥 紀栄

日光街道小山蒸溜所 NIKKO KAIDO OYAMA DISTILLERY
住所:栃木県小山市大字粟宮1452
TEL:0285-45-0035
営業:10:30〜17:30(ショップ)※土日祝は10:00〜17:00、無休
交通:JR宇都宮線小山駅または間々田駅からバス10〜15分/東北自動車道佐野ICから約20分
■見学について
蒸留所見学と6種類程度のウイスキーの試飲に加え、各ウイスキー原酒のプレンド、瓶詰め作業ができる「WHIDKY SCHOOL_ウイスキーブレンド体験」も人気。完成したウイスキー( 200ml)のお土産付きで15,000円(税込)。定員5名まででウェブサイトから要予約
◎全国の蒸留所をめぐって〝銅印〞を集めてみませんか?御朱印帳のように「印」を集める「Japanese Whisky Passport(ジャパニーズ・ウイスキー・パスポート)銅印帳」は👉こちらから
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2026年7月号)
(Web掲載:2026年6月3日)


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