ウィーンを彩った世紀末芸術のふたりの巨匠、クリムトとシーレを訪ねる
Gustav Klimt, Der Kuss (Liebespaar), 1908 (vollendet 1909), 180 × 180 cm, Belvedere, Wien, Inv.-Nr. 912 ©Foto: Johannes Stoll / Belvedere, Wien
クリムトとシーレの作品に会いに行く
19世紀末にウィーンで活躍したグスタフ・クリムトとエゴン・シーレ。日本でも人気の高い画家である。2人の作品はウィーンの主要美術館に展示されている。美術館を巡り本物に触れ、作品の声に耳を傾けてみたい。
オーストリアの首都・ウィーンは13世紀後半から645年という長い期間、ハプスブルク家が統治。その栄華は今なお音楽や美術、建築などに残されている。ウィーンの街歩きは、街のシンボルともいえるシュテファン大聖堂から。重厚なバロック建築で、屋根にはさまざまな色の瓦でオーストリア・ハンガリー帝国の双頭の鷲、ウィーン市とオーストリアの紋章が描かれている。

シュテファン大聖堂。塔の上は展望台になっている
ハプスブルク家といえば、女帝、マリア・テレジアが有名である。16人の子(末娘はフランス王妃、マリー・アントワネット)の母であり、巧みな外交戦略で政治家として手腕を発揮した。歴代皇帝が暮らしたホーフブルク(王宮)と幹線道路の「リング」を挟んで向かい合うマリア・テレジア広場には、街を見守るように銅像が鎮座し、左右には双子建築と呼ばれる美術史美術館と自然史博物館が立つ。ハプスブルク家のコレクションを基盤とする美術史美術館もアート好きにはたまらない数々の作品が並び、クリムトの天井画もある。

マリア・テレジア広場。向かって左が美術史美術館、右が自然史博物館。©Österreich Werbung/ Julius Silver

左:マリア・テレジア像 右:観光馬車も名物
美術史美術館の裏手、50を超える文化体験が楽しめる、ウィーンっ子に人気の「MQ(ミュージアム・クォーター)」にあるのがレオポルド美術館。ウィーン世紀末芸術の殿堂とされ、シーレの世界最大級のコレクションをはじめ、クリムト、リヒャルト・ゲルストル、コロマン・モーザー、オスカー・ココシュカらの作品が展示されている。
強烈な表現力で、世紀末のウィーンを駆け抜けた若き天才、シーレ。保守的な教育に満足せず、クリムトの影響を受けながら人間の内面や性を生々しく描き出した。しかし当時流行したスペイン風邪によりわずか28歳でこの世を去る。自画像をはじめ人物画で知られるシーレだが、美術館では独特のリズム感がある風景画も楽しめる。

シーレの「ほおずきの実のある自画像」Egon Schiele, Selbstbildnis mit Lampionfrüchten, 1912 ©Leopold Museum Wien
レオポルド美術館ではクリムトの晩年の代表作「死と生」をはじめ、彼の多くの作品を所蔵している。クリムトはウィーン・ユーゲントシュティール(アール・ヌーボー)運動の旗手であり、オーストリアを代表する画家。画家としての初期は古典技術を基盤として建築装飾を手掛け、1897年には伝統的美術からの独立を目指してウィーン分離派を結成。自由で独創的なスタイルはやがて、金箔を多用する黄金の時代へ。愛や生と死、自然や人間の本質を表現する作品へと昇華した。また、作品はジャポニズムの影響も強かったことが知られている。晩年は黄金の華やぎとは異なる哲学的なテーマや、都会の喧騒を逃れて郊外のアッター湖畔の別荘で描く風景画など、味わいのある作品を残している。

クリムトの「死と生」Gustav Klimt Live and Death,1910-15 © Leopold Museum Wien
クリムトの作品でもっとも有名なのが、「接吻」だろう。黄金の時代を代表する傑作で、一度は目にしたことがある人も多いのではないだろうか。この作品が収められているのがベルヴェデーレ宮殿。18世紀に建てられたバロック様式の宮殿で、上宮と下宮を広大な庭園が結ぶ。上宮には、「接吻」をはじめ世界最大のクリムトの絵画コレクション、シーレやココシュカらの作品、さらにモネやゴッホらの傑作も所蔵している。

ベルヴェデーレ宮殿上宮

上宮から庭園を挟み下宮を見る
もともと宮殿なので、内部もゴージャス。名画に出合う前に、随所に目を奪われる。

上宮ホール
そして、一番の人だかりができているのが、「接吻」の前。欧米の美術館では写真撮影ができるところが多いが、ここもしかり。名画と一緒に写真を撮る人が次々と。

多くの人が「接吻」に吸い込まれていく
洗練された愛とエロティシズム、装飾的で象徴的な表現が確立されたクリムト芸術のすべてが込められる一枚は、さまざまな感情を呼び起こしてくれるようだ。
クリムト作品はほかにも「ユディットⅠ」や人物画、風景画なども。個人的に好きな作品のひとつがクリムトの描くヒマワリ。ヒマワリはゴッホやモネ、そしてシーレも画材としているが、クリムトの「ひまわり」は人物画のよう。当時の美術評論家は「まるで、恋に落ちた妖精が、その身にまとう緑がかったグレーのローブを情熱で震わせているかのようだ」と表現した。そしてこの作品、「接吻」に構図が似ているような。

クリムトの「ひまわり」Gustav Klimt, Sonnenblume, 1907/1908, Öl und Blattgold auf Leinwand, 110 × 110 cm, Belvedere, Wien, Inv.-Nr. 10500 © Johannes Stoll / Belvedere, Wien
シーレの作品では代表作「死と乙女」などもあるが、「家族」はスペイン風邪で亡くなる直前に描いた未完の作品。自分と妻とまだ生まれぬ子の3人が描かれ、生への希望にあふれる反面、悲しみも宿っているようだ。

シーレの「家族」Egon Schiele, Kauerndes Menschenpaar (Die Familie), 1918, Öl auf Leinwand, 150 × 160,8 cm, Belvedere, Wien, Inv.-Nr. 4277 © Johannes Stoll / Belvedere, Wien
ミュージアム巡りの合間にスイーツを
音楽や芸術と並び、ウィーンはお菓子のメッカでもある。なかでも有名なのはザッハトルテで、ホテル・ザッハーの名物チョコレートケーキだ。カフェ・ザッハーは、本場の味を求める観光客で朝から大にぎわいをみせる。できれば予約をして訪ねるか、朝7時の開店直後であれば、スムーズに入店できる。
私のおすすめは、オペラ座を目の前にする1847年創業の老舗洋菓子店「ゲルストナー」である。シシーの愛称で知られる皇妃エリザベートが好んだ「スミレの砂糖漬け」がよく知られ、お土産に最適。これは春に収穫したスミレの花を乾燥させてアカシアの蜂蜜と砂糖で漬けたもので、なんとも上品な甘さが口に広がる。カフェは優美な螺旋(らせん)階段を上がったスペース(1階)と、さらに2階にカフェレストランがあり、まるで宮殿のようなゴージャス感が漂う。席につき、伝統的なドボシュトルテやシシートルテなどのケーキとドリンクを注文。古き良き王国時代の雰囲気を満喫し、甘いケーキに舌鼓を打てば、歩き疲れた体がゆっくりと癒やされるようだ。
左上から時計回りにゲルストナーのカフェレストラン、豊富なケーキ類、スミレの砂糖漬け、シシートルテ
第九がテーマの作品で平和に思いをはせる
クリムトらによるウィーン分離派の拠点が、セセッシオン(分離派会館)である。1897~98年に建設され、金色の月桂樹の葉を球形にしたシンボル(通称・黄金のキャベツ)がある前衛的な建物は当時、物議を巻き起こしたという。

今やウィーンでもっとも有名な建築のひとつ、セセッシオン
この地下ホールに展示されているのが、長さ34メートルの「ベートーヴェン・フリーズ」である。1902年、ベートーヴェン展覧会のためにクリムトが制作。交響曲第9番を視覚的に表現したものだ。

三つのパートに分かれる「ベートーヴェン・フリーズ」
この巨大な壁画は三つの部分からなり、左の壁が「幸福への憧れ」、中央が「敵対する勢力」、右が「歓喜の歌」。展示室にはヘッドホンが置かれ、第九の第4楽章「歓喜の歌」を聴きながら鑑賞することができる。
「幸福への憧れ」は苦しむ人々が騎士に救いを求め、騎士は幸福のために戦いに挑む。

「幸福への憧れ」Gustav Klimt, Beethoven Frieze: Genii, Suffering Humanity, Knight in Shining Armor, 1902, left wall, © Jorit Aust/Secession
「敵対する勢力」は怪物テュフォンとその娘、ゴルゴン3姉妹が描かれ、病・狂気・死、さらに肉欲・不貞・不摂生が擬人化されている。

「敵対する勢力」Gustav Klimt, Beethovenfries: Hostile Forces,1902, mittlere Wand, © Jorit Aust/Secession
「歓喜の歌」は守護神が現われ、芸術が理想の世界へと導き天使たちのコーラスが響く。そして幸福の成就。抱き合う男女は、シラーの詩「この接吻を全世界に」を象徴している。

「歓喜の歌」Gustav Klimt, Beethoven Frieze: The Arts, Choir of Angels, Embracing Couple, right wall, 1902 © Jorit Aust/Secession
じつは展覧会での作品に対する評価は、卑猥(ひわい)な描写への嫌悪感から低かった。世間的な失敗でクリムトは国家の援護を失ったが、逆に彼はその後、自身の主題へと邁(まい)進することになる。
巨大な壁画を見ていると、クリムトのベートーヴェンへの賛美を感じ、彼の情熱や覚悟が伝わってくる。
ウィーンを歩いていると、19世紀末に生きた芸術家たちの息づかいが今でも伝わるような気がする。ハプスブルク帝国の衰退と政治的混乱のなかで、百花繚乱(りょうらん)の様相を呈したウィーンの世紀末芸術。アートを通して時空を超えた体験をしてみてはいかがだろうか。
ウィーンに関する情報は、ウィーン観光局👉こちらから
文・写真/関屋淳子
(WEB掲載:2026年6月18日)


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