【温泉は人生の句読点だ!】-特別編-潮騒と宵闇のあわいに―つげ義春の眼差しに出合う聖地巡礼<太海漁村>
太海の集落は、険しい山々が海岸線ギリギリまで迫り、家々は斜面にへばりつくようひしめき合っている。しかしその姿はつつましくて愛おしい

漫画家・つげ義春さんが2026年3月3日に死去した。88歳。氏を敬愛し、関連著作を出している著者が、その比類なき作品世界への敬意と、追悼の思いを胸に、名作の舞台を訪ねた。
「奇跡の2年間」に生まれた2大衝撃作
それは後になって〝つげ義春奇跡の2年間〞と呼ばれることになる。
1967年から1968年。このわずか2年の間に、つげ義春という孤高の作家は、まるで極限まで溜(た)まったダムが崩壊するかのように、珠玉の名作を世に放ち続けた。 「通夜」を端緒に、「山椒魚(さんしょううお)」「李(り)さん一家」「海辺の叙景(じょけい)」「紅(あか)い花」「長八(ちょうはち)の宿」「二岐(ふたまた)渓谷」「ほんやら洞のべんさん」……。日本漫画史にその名を刻む作品が、息つく暇もなく発表され続けたのだから。
けれども、もっと驚くべきことは、漫画の概念を「芸術」の領域へと力ずくで引き上げた2大衝撃作、「ねじ式」と「ゲンセンカン主人」が、わずか1か月という短期間で発表されたということだ。 人間1人の創作力で、これほどまでに〝密度の高い怪作〞を、ひと月の間に2作も続けて描けてしまえるものだろうか。このころのつげ義春は、まさに神がかっていたと言えるだろう。
発表から半世紀以上の時が流れた今、私はその「奇跡」の余韻を求めて、二つの作品の舞台へと足を運んだ。千葉の太海漁村と群馬の湯宿温泉。漫画界に起きた奇跡の余韻を、その風景のなかに探せるのではないだろうか、と……。
「ねじ式」は、〝つげリアリズム〞の幕開けを告げた衝撃的な怪作だった。支離滅裂。とはいえストーリーらしきものがないわけではない。海でメメクラゲに刺されて静脈が切れた不気味な少年が、血管を指で押さえながら医者を探すというぶっ飛んだ設定。ところが、それでいながらこの「ねじ式」は圧倒的に〝次へと読ませる魔力〞をもった作品だったりする。

「ねじ式」つげ義春/©Shosuke Tsuge
謎の少年が彷徨う漁村のラビリンス
つげ義春はそれまで子ども向けだった漫画を、大人向けに描いた先駆者でもあった。そこで彼が苦慮していたのがリアリティーだった。大人も読める嘘っぽくない漫画をいかに描くか。当時、彼ほど漫画にリアリティーを求めた作家はいなかったのではないか。そして「ねじ式」は、そんな彼がたどり着いた究極のリアリティーだったのだ。あの支離滅裂な話のどこにリアリティーがあるの?って思う人もいるかもしれないが、そこで我々が眠りながら見る〝夢〞のことを思い浮かべてほしい。
夢というものは脈絡がない。現実っぽい夢もあるが、唐突で訳がわからないのが夢であり、それでも、それを見ている我々は夢を疑いなしにすんなりと受け入れている。つまり、そこに主観が入り込む余地がない〝夢ならではのリアリティー〞というものがある。「ねじ式」はそんな〝夢ならではのリアリティー〞を大胆に取り入れた傑作であり、つげ義春は、20世紀の前半に美術界で起こったシュルレアリスム(超現実主義)運動みたいなことを、ひとりでやってのけてしまったようなもので、そのことにもまた驚かずにはいられない。
そんな「ねじ式」の舞台となったのが、千葉県鴨川市の太海漁村である。ここは沈水海岸という特殊な地形で、険しい山々が海岸線ギリギリまで迫り、平地がほとんど存在しない。家々は斜面にへばりつくようにして立ち、その隙間を縫うように細い坂道や階段が張り巡らされている。車道は地形に抗(あらが)うことなくカーブを描き、無数の路地と合流する。村全体が、逃げ場のない複雑なラビリンス(迷路)のようなのだ。
潮風に吹かれながらこの漁村を歩くと、不意にデジャヴ(既視感)に襲われる。漁師の道具を干す物干し竿の列。それは、あの少年が洗濯物の下をくぐり抜けながら歩いたシーンと重なる。なんとなく見覚えのあるような道に出くわしたりもして、なるほどここは確かに「ねじ式」の舞台なんだと実感が湧いてくる。 そして、つげファンにとって最大の聖地、あの「ゴッゴゴ」と路地の向こうから汽車が現れる伝説的なモデル地も、今なお健在だ。 建物こそリニューアルされているが、建物のひしめき具合や角度はそのまま残っている。しかも、あれ?なんかここ見たことあるような……あ!あの場所じゃん!って感じにあっけらかんと目の前に現れるのである。つげファンにとっては、名シーンの場所が、そんなふうに唐突に現れるのだから、それが贅沢にさえ感じられるかもしれない。
こののどかな漁村を、あれほどまでに不気味で美しい「悪夢の迷宮」へと変貌させたつげ義春の想像力。その深淵を思い知るには、太海の迷路を自らの足で迷うのが最良の方法だろう。
文・写真/岩本 薫
【温泉は人生の句読点だ!】-特別編-潮騒と宵闇のあわいに―つげ義春の眼差しに出合う聖地巡礼<湯宿温泉>へ続く(7/20公開)

魚網や漁具を干すための物干しがところどころにある風景は、洗濯物の中を彷徨う「ねじ式」の少年の姿を思い起こさせる

「ねじ式」と言えば「ゴッゴゴ」と汽車が現れるシュールな名シーン。そのまま、そこにある

太海には日帰り入浴できる温泉も何軒かある。写真は江澤館の風呂(日帰り入浴10時~15時/入浴550円、レンタルタオル付き770円/温泉入れ替えなどもあるので要確認)/TEL:04-7092-2270/千葉県鴨川市太海浜153

プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。

※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2026年7月号)
(Web掲載:2026年7月19日)


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