源泉2種をかけ流す湯宿で紅葉と硫黄の香りに包まれて(1)
秘湯中の秘湯を求めて
ブナの原生林がどこまでも広がり、見渡す限り山また山。安達太良(あだたら)山麓の茂みにくねくね延びる県道30号沿いに、一軒宿が点在している土湯峠温泉郷。民家などは一切ない。野地、新野地、鷲倉、赤湯、幕川温泉の5湯6軒がひっそりとたたずんでいる。
〝幕川温泉〟の案内板を右に折れ、車がやっとすれ違えるほどの細い道を歩く。ブナやコナラ、ダケカンバなどが茂る林間を緩やかに谷底へと下り、清流を渡ると今度は緩やかな上り道。分岐を折れてから約4㌔、谷を越えた先に水戸屋旅館はあった。温泉郷の中でも秘湯中の秘湯だ。
「野地温泉に寄ってから来ると伺っていたので、迎えに行ったんですよ。汗をかかせちゃってすみません」と女将・安島(あじま)賀奈江さんの第一声。野地温泉の後に赤湯温泉にも立ち寄ったので、行き違いになったようだ。迎えを頼んではいなかったが、女将さんの気遣いがうれしい。林間に響く野鳥の声や風にそよぐ葉音を聞きながら、約4㌔の道中を心地良く歩いてきたことを伝えた。
硫黄の香り漂う白濁湯に遊ぶ
客室に荷物を置いてすぐ、汗を流しに渓流露天風呂へ向かった。宿の裏手から20㍍ほど歩いた清流のほとりに湯船がぽつりとあった。混浴と聞いてそっと中をのぞくと、先客はいない。かけ湯をしてから、そろりそろりと足先から白濁湯へ身を沈めた。
ふぅ~。少しピリピリ感のある熱さに体も次第に慣れ、ひとり笑みが浮かぶ。肩から下は白濁に隠れ、水面から10㌢近くまで手を浮かせないと見えない。〝温泉らしさ〟という意味で、乳白色の湯は好きだ。体を動かすたびに立ち上る硫黄の香りがまた好きで、湯の花が舞う様子に、「いいぞ、もっと硫黄の香りを!」と願う。
湯と紅葉との色彩の共演
女将さんが、「渓流露天風呂は湯船の下から源泉が自噴しているんです」と言っていた。底の見えない白濁湯の中を手探り足探りしてみると、熱さの違いから「この辺りかな?」と思われる箇所があった。
湯に遊びながら視線を上げると、渓流を覆うように茂る木々。例年10月10日前後を見頃に色付く。ブナやコナラの黄葉に、カエデやウルシの紅葉、それに常葉樹の緑色が混じり、夕暮れの優しい斜光が木々を照らすひと時もいいし、ライトアップされて闇に浮かぶ様子も素敵だという。
続けて大浴場へ向かうため、タオルで体はふかずに自然乾燥。肌に付いた温泉成分と、硫黄の香りを後々まで楽しみたいから。ほてった体に川風が心地良い。
文/松田秀雄
(出典 「旅行読売」2019年10月号)
(ウェブ掲載 2019年10月1日)