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海に浮かぶ聖地モン・サン=ミッシェル(1)日本人に大人気の世界遺産

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> モン・サン=ミシェル
海に浮かぶ聖地モン・サン=ミッシェル(1)日本人に大人気の世界遺産

晴れ渡った青空のもとでは、モン・サン=ミッシェルの建物や木々の細部まで観察できる

古来、キリスト教の聖地として数多くの巡礼が訪れているフランス北西部のモン・サン=ミッシェル。修道院の尖塔がそびえる小島のシルエットはあまりにも美しい。日本人観光客に大人気の世界遺産でもある。

夜明け、日中、夕暮れと太陽がかける魔法とライトアップで、その姿を劇的に変える絶景を、じっくりと観察したい。

パリから、特急電車や路線バスを乗り継いで、一路モン・サン=ミッシェルに向かった。

ゆるやかな丘を上ったり下りたりするバス。家々の屋根の上に、聖地の尖塔が顔をのぞかせた。よく晴れた空の下に、くすんだ石造の建物群がだんだんと姿を現してきた。

小島を望む岸辺に立つホテルに、そそくさと荷物を置き、小島へとつながる全長760メートルの橋へ向かった。

天候がよくて、島の細部や歩く人々の姿までくっきりと見える。海岸特有の強風もなく、格好の散歩日和で快適そのものだ。

モン・サン=ミッシェルからやって来た観光馬車
モン・サン=ミッシェルからやって来た観光馬車

橋のほうからやって来た観光馬車とすれ違う。橋を通行できるのは、徒歩か、このような馬車、シャトルバスなどに限定されている。だが、天候もいいことだし、せっかくの眺めをゆっくり味わうためにバスには乗らず、橋の上を歩き始めた。

干潟を歩いて渡る人も

ちょうど干潮だったため、干潟を歩いて渡っているグループもいた。昔の巡礼たちもこのように歩いて渡っていたのだが、ズブズブと体が沈んでしまう場所もあったらしい。日本出発前に予習した歴史書に「かつてモンサンミッシェルへの巡礼者は、出発前に遺言を書いた」といったくだりがあったのを思い出した。

要塞だった当時の大砲も残っている。その向こうに広大な干潟が見える
要塞だった当時の大砲も残っている。その向こうに広大な干潟が見える

島の周囲は石積みの城壁で囲まれていた。歴史書によれは、島に修道院が建てられたのは966年。「要塞や牢獄としても使われていた時期もあった」とも記されていた。城門をくぐると、すぐ左手に、ホテル兼レストラン「ラ・メール・プラール」の看板が見えた。

店に入り、巡礼者をもてなす伝統を受け継ぐという名物オムレツ料理を注文した。給仕係が、「昔ながらのもののほか、リキュールを使った特別な調理法もできますが」とたずねてきたので、「せっかくだから、特別な調理法で」とお願いした。

名物のオムレツ料理。給仕係がリキュールをかけて火をつけ、味付けをしてくれた
名物のオムレツ料理。給仕係がリキュールをかけて火をつけ、味付けをしてくれた

テーブルに出てきたオムレツに、給仕係がリキュールをかけ、マッチで火をつける。黄色とオレンジ色の入り交じった炎が皿の上にボッと燃え上がった。魔法のような絶景の島で、まずオムレツの魔法を見ることができた。

島内の商店には、日本語の表示もあった
島内の商店には、日本語の表示もあった

Writer

藤原善晴 さん

月刊「旅行読売」編集部に2019年12月まで勤務。現在読売新聞東京本社文化部。瀬戸内海が見晴らせる広島県安芸津町風早(現・東広島市)生まれ。レトロブームということもあり、最近は「昭和」という言葉に敏感に反応。また、故郷が「令和」の典拠となった万葉集ゆかりの地であるため、福岡県太宰府市、奈良県、富山県高岡市、鳥取県など各地の「万葉集」ゆかりのニュースにも目を光らせている。

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