「麒麟がくる」の 何が新しいのか
光秀の生誕地の候補、明智長山城(岐阜県可児市)
歴史好きをうならせた「美濃編」
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(以下「麒麟」)は、明智光秀を主人公とする物語ということで、制作発表以来、歴史好きの間ではいくつかの「懸念」がささやかれていた。明智光秀はそれなりに名の知られた武将だが、どちらかというとネガティブなイメージが強かったからだ。織田信長が登場する歴史ドラマは数多いが、そこに登場する光秀は、いささか陰鬱で、鬱屈を抱えた人物であることが大半であった。そういう人物を主人公として、果たして視聴者の共感が得られるだろうか?
もう1点、それだけ有名な光秀だが、実は信長に仕えるまでの前半生は、ほとんど明らかになっていない。生まれた場所や年さえもあいまいなのだ。果たして、そのような謎に包まれた人物をどう描けばよいのか。
しかしドラマが始まると、こうした懸念はあまり気にはならなくなった。光秀の生まれ年は有力な説の一つを採用。生誕地ははっきりとは明示せず、美濃国(岐阜県)であることだけが暗示された。そして、長谷川博己さん演じる光秀は、名門土岐氏の出自ながら今は不遇をかこつ青年で、誠実で純朴な一方、頭脳明晰、智勇兼ね備えた「できる男」だった。青年光秀は、「美濃のマムシ」と呼ばれた斎藤道三を敬愛しつつも、強欲で傲慢、そして野心むき出しな道三に嫌悪感をも抱いているという、複雑な関係として描かれた。
「美濃編」では、一代にして美濃一国を手中に収めた「下克上の梟雄」とされてきた斎藤道三が、実は父親の代から2代にわたり、「国盗り」を実現したという、歴史学の研究成果を存分に反映した人物として描かれ、「うるさ型」の歴史好きを喜ばせた。本木雅弘さん演じる道三は、「マムシ」の異名に相応しい悪辣でこわもての武将だったが、その野心の裏に平和な世を求める理想主義が隠されていた。
染谷将太さん扮する織田信長は、エキセントリックなまでに純粋な「奇人」であると同時に、道三に感化され理想主義に突き動かされる「英雄」でもある。光秀との出会いは、史実として確認できるのはもっと後のことだが、「麒麟」ではまだ光秀が美濃にいるうちから、信長と交流があったという趣向で、道三、光秀、信長が子弟のトライアングルを形成するという構造となっていた。
そしてもう一人、道三の娘で光秀の従兄妹にあたる、信長に嫁いだ帰蝶の存在も、そこに彩りを添えている。信長のもとで、帰蝶は父譲りの策士ぶりを発揮し、光秀とも連携して信長をサポートする。ファンの間では「女軍師帰蝶」という呼び名とともに、そのキャラクターが称賛されている。
「美濃編」のクライマックスは、道三が息子の高政(斎藤義龍)との確執の末、命を落とす場面だった。道三は戦いに敗れ、物語から退場する。道三の死によって光秀は居場所を失い、美濃を追われて越前(福井県)に身を隠すことになる。
歴史研究の成果も見える「越前編」
ここから物語は「越前編」に移る。光秀は一乗谷の朝倉義景の庇護を受けながら、衰退した室町幕府の立て直しを図る将軍足利義輝に接近。一方、信長は美濃を攻略するなど力を増していく。この足利義輝とその周辺の実力者である三好長慶、松永久秀などの描き方が、「麒麟」の特徴の一つだ。その特徴を以下に記す。
義輝は三好政権と対立し、何度も京都を追われながら、諸国の大名を味方につけて幕府を立て直そうと努力する。それを陰ながらサポートするのが光秀だった。この辺りは、近年の歴史学の研究成果を存分に活用している。義輝はやがて家臣筋により殺害されるが、かつてその犯人は松永久秀とされていた。しかし現在では久秀は殺害には関与していなかったことが明らかとなり、「麒麟」でもはっきりとそう描かれた。
一方、光秀が身を寄せた朝倉義景も、以前は信長のように果敢に上洛(この場合、足利義昭を奉じて京都に入ること)を目指すことができなかったボンクラな武将とされていたが、これも近年の研究成果を反映して、したたかな策略家としての一面をのぞかせている。
将軍の側近らは、殺害された将軍義輝の弟である覚慶(後の足利義昭)を支え、朝倉義景のもとにかくまう。彼らは義景に上洛へのサポートを依頼すると同時に、光秀を通じて信長にも上洛を要請していた。朝倉義景は上洛に乗り気だったが、京都の政局に巻き込まれることを嫌う重臣たちは強く反対する。そこで将軍側近の三淵藤英は、上洛をサポートするのは信長に一任しようと決心。今度は義景に上洛を断念させるために朝倉家重臣と手を組み、まだ幼い義景の嫡男を毒殺するという挙にでる。わが子を失った義景は、上洛の意欲を完全に失ってしまう。
「越前編」で描かれたこのくだりは、史実として確認することはできない、あくまでもフィクションの領域といっていいだろう。しかし、なぜ朝倉義景は上洛しなかったのかという疑問に一つの答えを導き出す趣向であり、谷原章介さん演じる三淵藤英という人物の、清濁併せのむ凄みを感じさせる、一つの見どころだった。
そしてクライマックスへ
その後、光秀の活躍によって織田信長は上洛を果たし、義昭を将軍の座につけ、自らはその補佐役に徹するという展開になっている。「京~伏魔殿編」の始まりだ。
光秀は将軍義昭の家臣となるが、同時に信長の命令にも従う「両属」というポジションにいる。当初は良好な関係にあった信長と義昭だが、やがて対立が芽生え、光秀はどちらを取るかという岐路に立たされるだろう。年末、そして年明けのクライマックスに向けて、光秀が織田軍団の中でどうのし上がっていくか、そしてなぜ本能寺の変を起こすに至るのかが、大きな見どころだ。
当初の「懸念」は杞憂に終わり、見応えたっぷりのドラマが進行している。果たして「麒麟」はいつ現れるのであろうか。
文/安田清人
(出典 2020年臨時増刊「100名城さんぽ」)
(ウェブ掲載 2021年2月7日)
安田清人/やすだ きよひと
1968年、福島県生まれ。明治大学文学部史学地理学科で日本中世史を専攻。月刊「歴史読本」(新人物往来社)などの編集に携わり、現在は編集プロダクション「三猿舎」代表。歴史関連メディアの編集、執筆、監修などを手掛けている。