“もてなし”にあふれた日本旅館(2)
明かりが灯り始めた洋々閣。庭園からの眺めも雰囲気がある
建築鑑賞もひとりだから気ままに
城下町・唐津を訪ねるひとり旅。荷を解いた宿「洋々閣」は、19ある客室はすべて造りも趣も異なり、うち7室はヒノキ風呂付き。常連さんから、「毎回、違う部屋に泊まりたいな」という声があるのもうなずける。空きがあれば、基本的にどの部屋もひとり利用できる。
客室は、渡り廊下で結ばれた本館、東館、西館の3棟からなる。赤松の床柱や面皮柱、真竹の床框、網代天井など、どの客室も職人の意匠をそこかしこに感じる。欄間、長押、畳寄せ、鴨居、落し掛けなど、気にし始めるとさらに興味は高まり、建築鑑賞が楽しい。建築学科出身ではないし、DIYにはまっているわけでもない。建築美との偶然の出会い。宿で、こんな時間を過ごせるのも、気ままなひとり旅ならではだ。
古き良き面影を生かし改修
「改修は、建築家・柿沼守利氏に設計をお願いしました。古材を生かし、時代の垢との調和を図ることに気を使われたそうです」と大河内さん。由布院温泉(大分)の老舗・亀の井別荘も、同氏の改修設計による作品だ。
ほど良い暗さを伴った静けさ、客が廊下を歩く際のきしみ音、庭園越しに聞こえてくる潮騒……それらが一つになって、洋々閣の魅力として客を迎える。古き良き面影を生かしながらの館内改修には、そんな思いが込められている。
回遊式庭園には樹齢200年を超える老松が約100本植わり、海こそ見えないものの潮の香りが届く。かつては“洋々閣”の名の通り展望が開け、宝くじの当選祈願で人気の宝当神社のある高島も望めたそうだ。
料理にあわせて唐津焼を選ぶ
料理にも日本旅館としてのこだわりがあり、夕食は客室へ提供する一品出しスタイル。
取材時は、赤貝やゆり根などを木の芽みそで和えた先付に始まり、オコゼの薄造り、桜ダイのあら煮、卵黄のみを使った伊勢エビの黄身煮や馬鈴薯まんじゅうなどの炊き合わせ、アンコウの空揚げ、ホタテの酒盗焼などなど。器はすべて唐津焼の名陶・隆太窯のもので、料理にあわせて色や風合い、形の異なる器を使い分けている。
一品一品が個性を主張
芸術家で料理家でもあった北大路魯山人がかつて「食器は料理の着物である」と言っていたが、器を含めて味わってほしいことを夕食の一品一品が主張していた。
「陶器である唐津焼は水分を吸いやすいため、湯や水に器をひたし、器を満足させてから盛り付けています。そうすることで、器に料理のうま味を取られる心配がありません」と大河内さんは話す。
朝食を目的に訪ねたくなる
食と器へのこだわりは、朝食でも感じられた。夕食から一変し、磁器の有田焼で統一。白地に藍色の染め付けは爽やかな雰囲気で、ほうれん草のおひたし、マイカのぬた、アジの干物などの潤いや照りを引き立てる。
ちりめんじゃこ、もろみ、昆布、岩のりなどは、好みで麦粥にトッピングして味わうのだが、これまた秀逸。岩のりはエメラルドカラーの花が咲いたように麦粥に染み出し、ちりめんじゃこは湯気を伴って香り立つ。ピリッとしながら発酵の甘みを感じるもろみは、これまで各地で食べたもろみに比して傑出している。
もろみも、岩のりも、じゃこも全部、土産に買って帰りたいくらいおいしい。
「うれしいお言葉ですが、すみません。保存料などを入れて土産用に商品化すると、それは別の料理になってしまうんです。だから販売はしてなくて」と大河内さんは穏やかに言うが、妥協したくないという強いこだわりがにじむ。その一貫した当主・大河内さんの思いに脱帽である。
もろみを食べたくなったら、また来ればいい。ひとり、建築美に触れたくなったら、また来ればいい。その時、今と変わらずに洋々閣は温かく迎えてくれることであろう。