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器のふるさとへ 信楽焼

場所
> 甲賀市
器のふるさとへ 信楽焼

「食器は料理の着物」とは、多才な芸術家で美食家として知られる北大路魯山人(きたおうじ・ろさんじん)の言葉だ。だが、この名言を引くまでもなく、料理を彩る器は食事にとって欠くべからざる存在だろう。「おいしさ」を演出し、食卓を美しく調える器たち。日本各地の焼き物の里を訪ねてみれば、その土地ならではの焼き物があり、それらの豊かな表情に気付く。手仕事の技があふれる「器のふるさと」を訪ねた。

陶工の手と窯の炎が作り上げる焼締の美

信楽焼は滋賀県の南端、甲賀(こうか)市信楽(しがらき)町で作られている陶器だ。約400万年前、現在はずっと北にある琵琶湖が実はこの辺りにあり、動植物の化石などを含んだ古琵琶湖層と呼ばれる地層から良質な陶土が採れたため、鎌倉時代から焼き物が作られてきた。

信楽の土が本領を発揮するのが、釉薬(ゆうやく)を施さずに焼く焼締(やきし め)陶器。窯の中で激しい炎にさらされ、さまざまな変化が器の肌に生じる。信楽が舞台のNHK連続テレビ小説「スカーレット」の題名の由来になった火色(ひいろ)もその一つ。焼締の器が生み出される現場を見てみたくて、信楽を代表する陶芸家、五代・髙橋楽斎(らくさい)さんの窯を訪ねた。

手びねりで形作ることで独特の味が生 まれるという五代・髙橋楽斎さん

信楽高原鐵道の終点、信楽駅を降りると、夏に火まつり神事を行う新宮神社を扇の要にして、「ろくろ坂」「ひいろ壺坂」「窯場坂」といった窯元が点在する細い坂道が続いている。そのエリアを少し外れた所に髙橋楽斎窯はあった。物腰柔らかく迎えてくれた楽斎さんに、緊張がほぐれる。

まずは窯を見せていただく。登り窯、蛇のような筒状をした蛇窯(じゃがま)、日常的な食器を焼くイッテコイ窯(焚き口の上に煙突があり、炎が壁に当たって手前の煙突の方に戻ってくる構造の窯)の三つの薪窯を作品に合わせて使い分けているという。

蛇窯の中を覗(のぞ)かせてもらうと、天井部分がエメラルド色に輝いていた。「薪の灰が溶けて、窯の中もビードロ釉のようになっているんです」と楽斎さん。作品に炎がよく当たるため、美しい火色も表現できるそうだ。このほか、灰が器に焼き付く「灰被り」、灰に埋もれた部分が炭化する「焦げ」など、多様な変化が器に刻まれる。

ろくろ場で作陶の様子も見せてもらった。手びねりで形作っていくしなやかな手にしばし見惚 れてしまう。「ろくろだけでも作れますが、それだと味が出えへんのです。最後にろくろでなだらかにするので指の跡も消えてしまうのですが、なんか違うんですわ」。真摯に目の前の土と向き合う。そんな日々のひたむきな姿勢が、人の心を惹 きつける器を作る。

宗陶苑の屋外にずらっと並んだ大小さまざ まな福たぬき。専門の職人による手作りだ

体験して食べて味わう信楽焼

髙橋楽斎窯のように、信楽の窯元では作陶の現場を見学できるところが多い。さらに15軒ほどでは陶芸体験もできる。私も「宗陶苑(そうとうえん)」で陶芸体験に挑戦した。12室が連なる日本最大級の登り窯を有し、しかも現役で使用している。体験の作品もその登り窯で焼いてくれるのが魅力だ。

初心者も気軽に挑戦できる手びねりで湯呑 みを制作することに。紐(ひも)状に伸ばした土を積み重ねては継ぎ目を指でならすのを繰り返し、好みの形に仕上げていく。心の赴くままに手を動かしていたら、「とてもいい形ですよ」と指導の方がほめてくれた。

「登り窯は熱効率がよく、コストをかけずに大量の器を焼くことができます」と、伝統工芸士で社長の上田宗(たかし)さんは話す。次回、登り窯に火が入るのは2022年2月。修学旅行の子どもたちの作品が卒業式に間に合うように時期を設定しているそうだ。私の作品もそこに加わる。どんな仕上がりになるか、楽しみに待つとしよう。

陶の辺料理 魚仙 の忍すし。た まり醤油で漬けたシ ソの実などを酢飯に 忍ばせている。器は 宗陶苑の上田寿方作

地元の味覚と信楽焼の器を味わうなら、「陶(すえ)の辺(べ) 料理  魚仙」がいい。京都の名店で研け ん鑚さ んを積んだ四代目店主・林田裕貴さんの料理は地元でも評判だ。林田さんに器を生かす極意を聞くと、「信楽の器は力があるので、ちまちまと盛らず、ざんぐりと自然体に盛るようにしています」と話す。二代目の祖父が考案したというウリやシソの実の漬物を合わせたサバ寿司(忍すし)は、言葉通りの素朴な盛り付けが光っていた。

焼締の器は火の当たり方が違うので、表情も一つとして同じものがない。さらに使っていくうちに色や感触が変化していくのも楽しみだという。信楽で出合った器たちを日々の暮らしで大切に使い、美しく育てていきたい。


【データ】

交通:東海道新幹線京都駅から東海道線新快速20分の草津駅で草津線に乗り換え25分の貴生川(きぶかわ)駅へ。信楽高原鐵道に乗り換え25分の信楽駅下車。

問い合わせ:0748-82-2345(信楽町観光協会)

髙橋楽斎窯  9時~16時/不定休/TEL:0748-82-0323

宗陶苑  8時30分~17時30分(陶芸体験は10時~15時)/12月28日~1月8日休/手びねり体験1800円~、電動ロクロ体験4000円~ / TEL:0748-82-0316

の辺料理 魚仙  11時30分~14時、16時~21時/月曜休(祝日の場合は翌日休)/TEL:0748-82-0049

(出典 「旅行読売」2022年1月号)

(WEB掲載 2022年2月25日)

 


Writer

野水綾乃 さん

1973年、栃木県生まれ。温泉と旅のライター。現在も栃木を拠点に、県内はもちろん、全国の温泉地や食、民芸などの取材を行う。温泉ソムリエアンバサダー、温泉入浴指導員、日本旅のペンクラブ理事。

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