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人気エッセイスト・宮田珠己さんが見つけた東京の歩き方(1)

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人気エッセイスト・宮田珠己さんが見つけた東京の歩き方(1)

植物のふりした妖怪(写真:宮田珠己)


自分だけの街歩き

これまで街歩きといえば、神社仏閣や博物館などの観光スポットに立ち寄りつつ、周辺のカフェでお茶したり、ウィンドウショッピングしたり、公園で散歩したりするのが主流だった。街歩きのガイドブックを読むと、どれもだいたいそんなふうにルートが紹介されている。しかし昨今は、そうしたお仕着せではない、自分だけのテーマを持って街歩きを楽しむ人が増えてきた。

たとえば暗渠(あんきょ)を歩くのが今ちょっとしたブームだ。暗渠というのは、もともとあった川や水路に蓋(ふた)をしたもので、それが曲がりくねった細道になっていたりすると、なんだか秘密の裏道めいて面白いのである。隠された水路をたどっていき、道筋を見失いそうになると、こっちだあっちだと探索するのは楽しいし、人によっては水路に蓋がされた経緯を調べて街の歴史に思いを馳せたりしている。東京でいえば、豊島区から文京区を流れる水窪川(みずくぼがわ)や、杉並区の桃園川(ももぞのがわ)の暗渠などが有名だ。

昔はそんなことをするのは郷土史家か、よほどの好事家(こうずか)だけだった。それが今では若い人の間でこそ、そんな街歩きが流行っている。つまり視野に入っていながらこれまでは観光の対象とされていなかったモノに着目して歩くのである。

気になるY字路(写真:宮田珠己)

着目する対象は人によっていろいろだ。あえて行き止まりの道ばかり行ってみる人もいれば、Y字路が好きで写真を撮りためている人、矢印が複雑なレア道路標識を探して旅する人など、何をテーマに歩くかはその人次第。

そうして特定の情景を気にしはじめると、よく知る街が今まで見ていた街とは違って見えてくる。たとえばY字路にこだわる人には、その分岐が右に行くか左へ行くかで未来が変わる運命の分かれ目に思えてきたり、その場所が街を分けて進む船の舳先(へさき)に見え、頭の中に物語が浮かんだり。そこまでじゃなくても、街を貫く街道の歴史に深い興味が湧いてきたりする。

特定の対象に興味を持つと、街の風景は一変する。昨日までは、ただ通り過ぎるだけの場所だったのに、ちょっとした想像力で、街は爆発的に豊かな景色を見せてくれるのである。

今回私が提唱したいのは、このような自分だけの街歩きだ。これなら人込みに晒(さら)されることもなく、自分の好きなテーマで歩けるうえ、お金もかからず、今の時代にもってこいではあるまいか。

宮田さんの自分だけの街歩き(2)に続く


宮田珠己(みやたたまき)プロフィール

作家・エッセイスト。旅とレジャーを中心に活動を続ける。主な著書は『いい感じの石ころを拾いに』(中公文庫)、『東京近郊スペクタクルさんぽ』(新潮社)、『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』(大福書林)など。


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