【ロープウェイで夏絶景へ】蔵王ロープウェイ(1)
2020年5月に完成した「百万人テラス」。いつまでも座っていたくなる
涼風が吹くゲレンデの特等席へ
山形県は蔵王山、月山、鳥海山、吾妻山、飯豊山、朝日連峰と、日本百名山に六つの山が名を連ねる山の県だ。しかしその山容は、北アルプスや南アルプスなどのそれとは違い、優しく穏やかに見える。
今年5月、あるテレビCが目に留まった。新緑が輝く山肌を背景にして進むロープウェイ。「山形、蔵王の春を楽しむ。」の文字が流れ、女優がブナ林の小径を抜け、下界を見下ろす山腹でソファに座る。やがて彼女はかすかに笑って小さく息を吐く。その表情に、安堵の色が浮かんでいた。遠くに穏やかな山並みが続いていた。
山形の山が恋しくなった。CMのロケ地はどこだろう? 調べるとロープウェイは「蔵王ロープウェイ」。ソファが置かれているのは同ロープウェイ樹氷高原駅近くのスキーゲレンデ内に設けられた「百万人テラス」。麓の蔵王温泉までは山形駅から路線バスで約40分。東京駅から山形駅までは山形新幹線で3時間弱。週間天気予報を見ながら、好天の日を狙って旅程を組んでもいいくらいの距離感である。
視線は空中をさまよい、遠くの山並みをとらえる
CMに誘われて訪ねたのは5月の終わり。奥州三高湯に数えられる蔵王温泉の標高は、すでに約900メートル。温泉街南端の蔵王山麓駅を出発したロープウェイは、7分ほどで高低差464メートルを上る。眼下に広がるのはブナ林。黄緑色の新緑が初夏の風に波打つ。偶然乗り合わせたツアー旅行の添乗員が、「月山が見えますよ。残雪が目印です」と教えてくれた。
樹氷高原駅の標高は1331メートル。蔵王ロープウェイはここで山頂線に乗り継ぐのだが、その前にお目当ての百万人テラスへ向かう。
ブナの林に囲まれた遊歩道を歩くこと3分。ゲレンデに出ると一気に視界が開けた。急角度で下る斜面の先に盆地が広がり、水田が輝いている。街並みや道路も見える。盆地の向こうに連なる山並みは朝日連峰や飯豊連峰だ。CM同様にソファがあるだけの場所だが、それで十分。視線は盆地、山並み、空をさまよった後、それらをまとめて視野に収めるパノラミックな景色に落ち着いた。微動だにしない雄大な景色。流れる雲だけが時を刻んでいるようだった。まさに時間を忘れる空間だ。
標高1661メートルの山頂駅からは360度の眺望
蔵王ロープウェイにはまだ先がある。樹氷高原駅からさらに約300メートル上る山頂線に乗り込んだ。山頂線は風に強いフニテル式。景色は山麓線とは一変し、新緑が茂るブナの森が途絶えるとアオモリトドマツの森が広がる。厳冬期、このアオモリトドマツに着氷、着雪が起こると樹氷が育つのだ。
二つの路線を乗り継いでたどり着いた地蔵山頂駅の標高は1661メートル。360度、風を遮るものはなく、初夏の風はまだ少し冷たい。地蔵山頂駅前には200年以上前に安置された蔵王地蔵尊が鎮座し、ここから左の小高い山に入ると1周20分の自然植物園。標高1703メートルの最高所が三宝荒神山(さんぽうこうじんさん)山頂で、晴れていれば冒頭に記した六山のほか東は太平洋まで、360度の絶景が期待できる。
健脚派は標高1841メートルの熊野岳を目指してもいい。ちなみに蔵王山という単独峰はなく、主峰は熊野岳。片道2.2キロ、約1時間の行程だ。
文/渡辺貴由 写真/齋藤雄輝
交通:山形新幹線山形駅から蔵王温泉バスターミナル行きバス40分、終点下車徒歩15分/山形道山形蔵王ICから西蔵王高原ライン経由17㌔
料金:樹氷高原駅まで片道800円、往復1500円。地蔵山頂駅まで片道1500円、往復3000円
営業:山麓線8時30分~17時、山頂線8時45分~16時45分(いずれも変更の場合あり)/無休(※料金と営業は掲載時のものです。最新のデータは公式ホームページなどをご確認ください)
℡:023-694-9518
(出典:「旅行読売」2022年8月号)
(Web掲載:2022年●月●日)