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【私の初めてのひとり旅】安藤美姫さん アメリカ(1)

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【私の初めてのひとり旅】安藤美姫さん アメリカ(1)

あんどう みき(フィギュアスケーター)

1987年、名古屋市生まれ。小学6年生から国際大会に出場。世界選手権で2度、優勝を果たした。五輪は2006年トリノ大会、10年バンクーバー大会に出場。13年に現役引退後はプロに転向し、アイスショーなどに出演している。振付師、指導者としても活動する。テレビ、雑誌などでも活躍し、ボランティア活動にも積極的に取り組んでいる。上の写真は、2度目の五輪出場となったバンクーバー大会での演技(写真/読売新聞社)

 

「ホームシックになり、日本へ帰りたくなってしまいました」

フィギュアスケートで何度も海外には出ていますが、特に思い出に残っているのは2010年のバンクーバー五輪です。大会前に中京大学で同学年だったフリースタイルスキー・モーグルの伊藤みきさんと街に出たんです。買い物程度でしたが、「一緒にバンクーバーに行こうね」と誓い合って頑張ってきたので、それが実現してうれしくて。緑が多く、きれいな街でした。

その前年夏には、スケーターの仲間たちと中南米のバルバドスへ3泊4日で出かけました。カリブ海の小さな島国で、車なら一日で回れてしまう感じでした。ひたすらビーチでゆっくりしていました。現役時代は大会と練習で忙しくて、旅行に出たのは、ほかに母や弟と長野へ行ったくらい。準備をしたりせず、唐突に出かけるタイプですね。

旅行の経験はあまりありませんが、海外生活は長かったんです。2006年のトリノ五輪後、外国のコーチの指導を受けるため練習拠点をアメリカに移しました。18歳の時です。初めはコネチカット州シムズベリーのホテルに滞在しました。友達もいないし、食事もひとり。メニューを見て頼んでも通じるかどうか分からないから、オニオンスープ、シーザーサラダ、クラブサンドイッチとか決まったものを食べていました。ホームシックになり、日本へ帰りたくなってしまいました。

大会前に買い物に出かけたバンクーバーの街並み(写真/ピクスタ)
フィギュアスケートの競技会場となったパシフィックコロシアム

その後、ニュージャージー州ハッケンサックに移ってホームステイしました。ある時、その家のお母さんに言われたんです。「ミキは何を考えているか分からないから怖い」って。日本人は何か言いたいことがあっても我慢して言わないところがありますよね。アメリカでは感じたことをその場で言わなくていつ言うの?という感じで、他人と気持ちをシェアしたい思いが強いんです。いいものはいい、嫌いなものは嫌いとはっきりしていたので気持ちよかったです。自分の居場所が見つかったと胸のつかえが下りたような気がしました。

練習でも初めは通訳を介して会話していたのですが、ロシア人のコーチに「世界で戦うためには英語を覚えて、なんでも自分でできるようにならないとダメだ」と言われ、通訳なしで話すようにしました。仲が良かったイタリア人選手も英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語ができて、いろんな国の選手と話していました。それを見て、なるほどそういうことかと理解できたんです。大変でしたが、1か月ほどでほかの国の選手と会話できるようになり、打ち解けていきました。

聞き手/山脇幸二

 

【私の初めてのひとり旅】安藤美姫さん アメリカ(2)へ続く


(出典:「旅行読売」2023年3月号)

(Web掲載:2023年4月20日)

~読売旅行のひとり旅~はこちら


Writer

山脇幸二 さん

2022年6月に編集部に着任し、8月から編集長。読売新聞の記者時代は27年にわたって運動部でスポーツ取材に明け暮れた。一時は月の半分近くが出張という生活で、旅行しながら仕事しているような状態だった。今やその旅行が仕事になろうとは…。趣味はロック鑑賞で、ライブやフェスに通うことで身も心も若さを保とうと悪あがきする。矢沢永吉さんを尊敬し、ともに歳を重ねていける幸せをかみしめる日々。

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