【私の初めてのひとり旅】穂村 弘さん 北海道、名古屋、鳥取(2)
ほむら ひろし(歌人)
1962 年、北海道生まれ。上智大学英文科卒業。1990 年、歌集『シンジケート』でデビュー。その後、短歌のみならず、評論、エッセー、絵本、翻訳など幅広いジャンルで活躍。短歌評論集『短歌の友人』で伊藤整文学賞、『楽しい一日』で短歌研究賞、『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、歌集『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。近著に『短歌のガチャポン』。
「臨機応変に対処できないんです(笑)」
【私の初めてのひとり旅】穂村 弘さん 北海道、名古屋、鳥取(1)より続く
講演や対談の仕事で、ひとりで現地へ行くことはあります。コロナ禍でしたが、高校生の短歌大会の審査員を依頼され、鳥取に行きました。
ひとりで晩ごはんを食べることになり、別れ際にスタッフの人に言われた「晩ごはんは、やっぱりカニですか?」のひと言が心に残りました。どこでも味わえそうな口ぶりだったのに、最初に入った店で断られ、その後も予約がないとダメとか満席とかで立て続けに断られ、5軒目でようやくカニがありました。「松葉がに1人前3万6000円」。注文しました。そこまでして食べたかったわけじゃないんです。1軒目の店だったら絶対頼みません。4軒に断られ、流れに飲まれました。臨機応変に対処できないんです(笑)。
「偶然、美しい景色や美味しい店に出合いたい」
短歌の世界では、「旅と孫の短歌は失敗する」という格言があります。他人が見た夢の話がつまらないのと同様、先に感動してしまうのは表現するうえで不利なんです。旅の短歌はその人独自の一首になりにくく、絵はがき的になってしまう。
いつだったか、妻と旅行をした時、低山に登ったら頂で急に視界が開け、湖が見えたんです。後から来る妻を待っていると、遅れてたどり着いた妻は、景色を見て「わあ、ありがとう」と感謝したんです。「何が?」と聞いたら、「黙って待っていてくれたから」と。「早く来てご覧よ」「きれいな湖だよ」などと予断を与えなかったので、ゼロから最大限の感動が味わえたというわけです。
旅をするたびに思います。下調べなどせず、偶然、美しい景色や美味しい店に出合いたいと。だけど、知らないと出合う確率は低くなる。毎回そんなジレンマを感じています。
聞き手/田辺英彦