【旅する喫茶店】中村屋(広島)
高いアーチ形の天井や窓が特徴の店内。薄暗い照明が教会のような雰囲気を強めている
教会風の店に流れるジャズの調べ
広島電鉄の土橋停(どばし)留場のそばに、市内有数の歴史を持つ喫茶店がひっそりとある。店内は何の変哲もない入り口からは想像もつかないユニークな空間が広がる。アーチ形の天井の下にアンティークのイスが教会のように並び、シャンデリア風の照明とテーブルランプに、古いコーヒーミルが聖像のように浮かび上がる。
原爆で広島が焼け野原になった終戦の翌年に創業した。創業者にあたる先代は軍隊にいて爆風を逃れ、廃墟となった地にバラックの店を建て、その数年後に今の場所に移ってきた。後年、失火で店の半分が焼け、豆の焙煎(ばいせん)だけをしていた年もあったそうだ。
そんな紆余曲折(うよきょくせつ)の歴史を教えてくれた中村陽子さんは「じゃけん、先代にあたる父が軍隊に入って朝鮮に渡った時、司令部の建物がこがいな西洋風のデザインで、記憶を再現して建てたゆうとりました」と話す。一昨年、2代目店主の夫・昭博(あきひろ)さんが病で倒れてからは、メニューを簡素化してほぼ一人で店に立っている。
家族の物語が積み重なる店で話を聞いていると、時が経つのを忘れた。タウン誌の編集者だった昭博さんは天井の高い店の音響に着目し、ジャズライブを度々開いてきた。盛況で客が入り切らない夜もあったという。店に流れるジャズと、遠く路面電車が走る音を聞きながら、そんな昔の光景を、そして再び演奏者や聴衆が集い、楽器の音が鳴り響く日を想像した。
文/福﨑圭介 写真/宮川透
中村屋
住所:広島県広島市中区堺町1-5-15
営業:11時~16 時/日曜~火曜休
交通:広島駅停留場から広島電鉄22分、土橋停留場下車すぐ
TEL:082-231-5039
※掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2023年8月号)
(Web掲載:2023年10月16日)