寺田直子 泣くためにひとり旅に出よう(2)【泣けるひとり旅】
雪化粧の蔵王連峰と薄紅色のソメイヨシノ
てらだ・なおこ
トラベルジャーナリスト。東京都出身。旅行会社勤務を経て独立。旅歴40年で訪れた国は約100か国。新聞、雑誌、ウェブなどに寄稿し、『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)など著書も多数。豊富な取材経験を生かし、インバウンドを含め地方の活性化、観光立国化にも尽力する。
幸せな孤独感を求めて
寺田直子 泣くためにひとり旅に出よう(1)【泣けるひとり旅】から続く
もし、今の自分に疲れたり、気分が落ち込んで少しブルーだったりしたらぜひ、旅に出てほしいと思います。できればひとりで。非日常感は海外旅行のほうが当然ありますが、まずは国内旅行からでいいでしょう。ひとり旅をしたことがない方はこれをきっかけに勇気を出してみてください。
行き先は気持ちの思うまま好きな場所でよいでしょう。落ち込んでいるとき人はなぜか北へ向かう傾向がありますが、意外にも季節外れの南の島は現実逃避向きのロケーションが多く、おすすめです。私もレンタカーを走らせ、オフシーズンの離島やビーチを訪れることがあります。人影もなく、青く美しい水平線ときらめく波が打ち寄せる浜に自分ひとり。普段とは違う空間に身をゆだねることで五感は研ぎ澄まされ、繊細になっていきます。目の前の絶景を誰かと共有できないひとり旅はせつなさを加速させますが、自分だけの深く静かな世界に浸る贅沢(ぜいたく)くさを味わえるのもまた、特別です。
旅先でひとり見知らぬ場所にいると、不思議ですがどこか満ち足りた気持ちになることがあります。そんな瞬間を私は「幸せな孤独感」と呼んでいます。日常から遠く離れた場所にいることの心細さと、そこまで旅をして来た自分を誇らしく思う気持ちがゆらぎ、交差する時間の尊さ。思いっきり泣いてもここでなら誰も見ていないし、許してくれる。たっぷりと泣いた後は心が浄化され、気持ちが晴れやかになることで自分がどれだけストレスを抱えていたのか気づくかもしれません。すっきりとリセット&リフレッシュした心身はその先へと進むパワーをたくわえ、旅が日常へと戻るためのリチャージになったことを実感するはずです。
ひとり旅は新しい出会いももたらします。列車やバスで隣同士になった方との何気ない会話、地元のおじいちゃんやおばあちゃんたちの「遠くからよく来たね」のひとことがしみじみとうれしく心に響くのも、すべては自分に向けられた優しさだから。温かな言葉にホロリと涙するのは自然なことです。家族や同僚や恋人もいない、誰も自分を知らない環境では人に合わせたり、格好をつけたりする必要もないので、いつもより素直な自分でいられることにも気づくはずです。そう、旅は本来の自分らしさを再確認する行為でもあります。
人の温かさに触れ、美しい風景に出会い心と体を解放して感情のままに泣くという経験は、見知らぬ場所を自分にとってかけがえのない思い出の場所へと変えてくれます。そして心のデトックスを導き、新しい自分を見つけるきっかけにもなります。泣くために旅に出る。そんな体験もときには必要かもしれません。
文・写真/寺田直子
泣けるスポット
(出典:「旅行読売」2024年5月号)
(Web掲載:2024年6月4日)