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無言館の沈黙に宿る祈り 戦没画学生慰霊美術館にて(1)【ひとり旅】

場所
  • 国内
  • > 北陸・中部・信越
  • > 長野県
> 上田市
無言館の沈黙に宿る祈り 戦没画学生慰霊美術館にて(1)【ひとり旅】

高い天井の館内に約80点の絵画を展示する無言館。戦没画学生約130人、約700点の作品を収蔵する

 

塩田平を眺める高台の慰霊美術館

信州の山並みに囲まれた塩田平(しおだだいら)の田園を眺める高台に、無言館はある。以前から一度来てみたかった場所だ。「戦没画学生慰霊美術館」の文字が刻まれたコンクリート造りの簡素な建物に近付き、重厚な木製扉を開けると、薄暗い十字形の展示室の壁に、先の大戦で亡くなった画学生たちの作品が並んでいる。油彩画、水彩画、そしてスケッチなどの遺品。入り口に館主の挨拶文があるだけで、受付も解説もないまま日常は消失し、時間を忘れて作品に見入った。

展示されているのは、戦前~戦中に東京美術学校(現・東京芸術大学)などに通い、中国や東南アジアに出征して戦死・戦病死した戦没画学生たちの作品だ。故郷や名所を描いた風景画、妻や恋人を描いた人物画、自画像などモチーフはさまざまあり、画風も出身地も異なるが、どれも今から80年以上前に描かれたものとは思えないほど色彩や陰影が豊かで、20~30歳代の若さで露(つゆ)と消えた彼らが見ていた人生の断片を想像させる。ある時代の無名の若者たちの情熱、青春の輝きが刻まれている。

春には雑木林の緑に覆われる
簡素なコンクリート造りの無言館は教会のように見える
十字の形をしている展示室
故人が戦地から送った手紙やスケッチ、画材なども展示

無言館は1997年に館主の窪島誠一郎さんが開いた私設美術館だ。設立の経緯は窪島さんの著書『無言館ノオト』などに詳しい。作家・水上勉(みずかみつとむ)の長男である窪島さんは飲食店を経営するかたわら、絵画蒐集(しゅうしゅう)や画廊を運営する趣味人で、結核により22歳で病死した村山槐多(かいた)ら夭折(ようせつ)の画家のコレクションを展示する信濃デッサン館(現KAITA EPITAPH<カイタエピタフ> 残照館)を79年に開館した。

前後して戦没画学生の画集に感銘を受けた窪島さんは、後年、講演で招いた野見山暁治(のみやまぎょうじ)さん(東京芸術大学名誉教授、故人)を説得し、2人で全国の戦没画学生の遺族を訪ね遺作の寄託を頼んで回った。予想以上に作品が集まったため、寄付金を募って信濃デッサン館の分館として設立したのが無言館だった。2008年には第二展示館を増設。信濃デッサン館は経営不振や窪島さんの体調不良により19年に閉館した後、コレクションの一部を売却し、翌年に残照館として再オープンした。

第二展示館「傷ついた画布のドーム」のドーム形天井にはデッサン・下絵380点余りが貼られている
文学集、児童書などを収蔵する「オリーブの読書館」を併設

入り口の挨拶文には館主の真摯(しんし)な言葉が綴(つづ)られている。

「厳しい飢餓(きが)と死の恐怖にさいなまれながらも、最後まで絵への情熱と、生きることへの希望をうしなわず、その思いを一冊のスケッチ帖(ちょう)、一枚の画布にきざんで死んでゆきました。そこには、絵筆を銃に替えて生きねばならなかったかれらの無念と、同時に、人間にとって絵を描くということがどれだけ至純な歓びにみちた行為であるかを物語る、ひたむきな生の軌跡があったと思います(前後略)」

文/福﨑圭介 写真/青谷 慶ほか

 

無言館の沈黙に宿る祈り 戦没画学生慰霊美術館にて(2)【ひとり旅】へ続く(6/1公開)

 

🔳モデルコース
上田駅
  ↓(上田電鉄16分)
下之郷駅
  ↓(シャトルバス11分)
無言館
  ↓(徒歩10分)
前山寺+残照館
  ↓(徒歩20分)
中禅寺
  ↓(シャトルバス10分)
別所温泉
  ↓(徒歩4分)
別所温泉駅
  ↓(上田電鉄30分)
上田駅


無言館

営業:9時~16時30分/祝日を除く火曜休/1000円
住所:上田市古安曽山王山3462
交通:上越新幹線上田駅から上田電鉄16分の下之郷駅下車、シャトルバス(冬季休)に
乗り換え11分、無言館下車すぐ。または上田駅から上田電鉄21分の塩田町駅下車タクシー5分/上信越道上田菅平ICから17キロ
問い合わせ:TEL0268-37-1650

塩田観光タクシー/問い合わせ:TEL0268-38-3151(駅から無言館、前山寺などへの交通に便利)

※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2024年5月号)
(Web掲載:2024年5月31日)


Writer

福崎圭介 さん

新潟県生まれ。広告制作や書籍編集などを経て月刊「旅行読売」編集部へ。編集部では、連載「旅する喫茶店」「駅舎のある風景」などを担当。旅先で喫茶店をチェックする習性があり、泊まりは湯治場風情の残る源泉かけ流しの温泉宿が好み。最近はリノベーションや地域再生に興味がある。趣味は映画・海外ドラマ鑑賞。

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