港町の酒場をひとりさまよう 八代亜紀と函館と釜石(2)【ひとり旅】
明治期に青函航路の発着場所として利用された東浜桟橋(2022年にリニューアル)
はしもとかつひこ
1945年生まれ。84年『線路工手の唄が聞えた』(宝島社)で第15回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『森に訊け』(講談社)ほか自然環境取材で世界を一周。『農が壊れる』(同)では日本列島を縦断取材。『団塊の肖像』(NHKブックス)、『あの歌この街』(旅行読売出版社)など、著書多数。
ぼんやり明かりが灯る安酒場
港町の酒場をひとりさまよう 八代亜紀と函館と釜石(1)【ひとり旅】から続く
港町は歌のたまり場だ。けれど、歌詞に出てくるような酒場がそうそうあるわけもない。行きつくのはいつも、繁華街のはずれや路地の奥にある安酒場だ。
そんな店で飲む時間が、ひとり旅の楽しみでもある。日常から離れた旅先にも、人たちの人生がある。視野がぐっと広がって、小さな悩みが吹っ飛んでいく。しょっちゅう同じ場所を旅するわけではないし、次に訪ねたときは店がなくなっていたりもする。一期一会だと思うから、よけいに心にしみる時間になる。
そういえば、大昔、釜石でも「舟唄」に出てくるような酒場を探して歩いたことがあった。今は津波であとかたもないが、かつて、港の近くに製鉄所で働く人たちが多く通う小さな飲み屋街があった。その路地の奥に〝ぼんやり明かりが灯る〟店を見つけたのだった。
喜んでドアを開けると、客はだれもいない。だが、よく見るとカウンターに両手をひろげて、ぐんにゃりという感じでママが寝ていた。
まずい、逃げようと思ってドアを閉めようとした、その途端、陽気な声で「いらっしゃい」と声がして、ママが起きだした。どうやら、お客がいないので照明を落としていただけらしく、私が入ったら明るいカラオケスナックになった。
ママは50代ぐらい。木の実ナナに似た顔。笑顔が明るい。ウイスキーの水割りを注文したが、どうも落ち着かない。店内が明るすぎるのだ。実は「舟唄」のような雰囲気の酒場を探していたんだというと、ママは「ははあん」と分かったような顔をした。そして、カウンターの下の変圧器らしきものをいじって、明かりを落とし、「これで『舟唄』の明るさよ」とほほ笑んだ。
旅と港とほの暗い店。私は気持ちよく酔っぱらった。
文/橋本克彦
(出典:「旅行読売」2024年5月号)
(Web掲載:2024年6月8日)