旅よみ 俳壇 旅行読売2024年9月号
渡岸寺観音堂(写真/ピクスタ)
【特選】
若葉寒(わかばさむ)湖北の仏みなやさし
◉津山市 沢 紅子
<評>「湖北」は琵琶湖の北東部の地域を指し、古くから守り継がれてきた観音様が多く残っています。湖面を背景に、若葉の頃の肌寒さを温かく包むような仏たちの表情が目に浮かびます。
【入賞】
開くまま駅ノートあり晩夏光(ばんかこう)
◉横浜市 茅房克一
<評>発車までの空き時間に置かれた駅ノートをぱらぱらと開いてみる。擦れたページに手書きの文字。旅の終わりを告げる晩夏の光です。
渡来せし浜にきらめく夏の蝶
◉大分市 市山幸江
<評>古代、中国や朝鮮から渡来した人たちによって新しい技術が伝わりました。浜辺にきらめく夏の蝶が現在と過去をつないでいます。
花冷の隠岐(おき)の塩振る隠岐の貝
◉練馬区 曽根新五郎
<評>歴史ある「隠岐」の地名が利いていて、「花冷」に都を思う後鳥羽上皇の憐(あわ)れさが滲(にじ)み出ています。食の楽しみは旅の醍醐(だいご)味です。
呟(つぶや)きは風に滅びて草の絮(わた)
◉東京都中央区 豊澤佳弘
<評>芭蕉の「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」の世界観を現代版にしたような句です。風に乗って消える草の絮に、現代人の呟きが聞こえます。
【入選】
柳絮(りゅうじょ)飛ぶ品川宿の船溜
◉横浜市 相澤恵美子
夏めける島の潮の香水牛車
◉杉並区 森 秀子
野に出でよ山にいでよと初夏の風
◉大田区 豊島 仁
サングラス見知らぬ街の角に立つ
◉茨城県利根町 中澤則明
蕗(ふき)の葉に只見の釣果持ち帰る
◉新宿区 居林まさを
黄泉(よみ)経れば常世(とこよ)の国や二つ星
◉相模原市 妹尾茂喜
涙さえ知らぬうず潮安徳帝
◉北九州市 浦田壮彦
時間まで華厳の滝や桜草
◉荒川区 大島章吾
花光る吉野の谷の奈落まで
◉成田市 小川笙力
奥飛騨の案山子(かかし)の顔のあっかんべー
◉鈴鹿市 松井政典
【佳作】
初夏の浜水平線を船の行く
◉千葉県酒々井町 梅澤波葉
霊峰の法螺(ほら)に色添ふ紅葉かな
◉ひたちなか市 川上修一
梅雨の宿肌にとろりと飯田の湯
◉岡崎市 鈴木欣子
春の田へ常念岳(じょうねんだけ)が吸い込まれ
◉伊予市 福井恒博
朝靄(もや)の長き棹ひく蜆(しじみ)舟
◉横浜市 大高芳子
座禅行どこからか蝿の飛びまわる
◉神奈川県中井町 竹和世
参道の飴切る音や若葉風
◉川崎市 柳内恵子
風光る漁場は山のかなたかな
◉伊賀市 箱林允子
釧路海霧(じり)啄木勤む新聞社
◉杉並区 白浜尚子
梅若へ子守りの唄やねむの花
◉市川市 井田千明
<選者>「麦」会長 対馬康子(つしまやすこ)
香川県出身。「天為」最高顧問。現代俳句協会副会長。産経新聞俳壇選者。2015年文部科学大臣表彰。句集に『愛国』『純情』『竟鳴』など。
対馬康子先生の総評
誌上での「旅読み俳壇」は2017年4月号より始まりました。7周年を機に、選者1名を新しく迎え、ウェブ上でも皆様とお会いできます。今月もたくさん旅の気分を味わいながら、楽しく選をしました。一句の中に地名や名産などが入ると伝わり易くなりますが、私はできるだけ旅というものの心情を広く捉えて選をしています。またエキゾチックで胸ときめいた異国の景もどうぞ自由に詠んでくださいね。
対馬康子先生のワンポイント俳句講座
「俳句の定型とは」
古くから日本の詩歌は五音と七音を基調として発展してきました。五七五のあとに七七を付けて遊ぶ連歌から俳諧連歌が広がり、芭蕉はその最初の句(発句)の完成に生涯を賭けました。五七五の俳句の形は、長い時間をかけて日本人の胸に溶け込んだ心地よいリズムを奏でます。俳句に定型がなければ、これほど俳句愛好者は増えなかったことでしょう。その型式の力、わずか十七音の五七五の型の中だからこそ、俳句は安心して自由になれるのです。歌うように言葉を導いてください。一方、定型句に対して尾崎放哉(ほうさい)や種田山頭火(さんとうか)は自由律俳句を試みました。社会の変化にともない言語表現は変わります。もっと新しい定型の可能性が開けていくかもしれません。
【応募方法】
旅で詠んだ俳句、風景や名所を詠んだ俳句をお送りください。特選句には選者の直筆色紙と図書カード、入賞句には図書カードを進呈します。応募には「月刊旅行読売」に添付の「投句券」が必要です。「月刊旅行読売」は全国の書店またはこちらの当社直販サイトで送料無料でお求めいただけます。
(出典:旅行読売2024年9月号)
(Web掲載:2024年7月29日)
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